●掌編「棲み分け」

「ここにいちゃ駄目よ」
 できるだけ優しく話しかける。地面にうずくまるようにして座っていた少女は、ゆっくりと顔をあげる。ぼんやりとしていた目が、少しずつはっきりとした色を持つ。
「お姉さん、わたしが見えるの」
 少女は弾かれたように立ち上がり、私に抱きつこうとする。残念ながらそれは不可能だ。なぜなら私は人間、少女は幽霊だからだ。
「見えるし、話すことだってできるわ」
「すごい」
 少女はキラキラとした目で、私を見つめる。正面から見れば可愛い女の子だった。私はしゃがんで、少女の目線に私のそれを合わせる。
「よく聞いてね。ここにいちゃ駄目」
「どうして」
「あなたは幽霊よ。ここは生きている人の世界なの。あなたがいていい世界じゃないの」
 少女は泣き出しそうになる。泣かれるのはまずい。この世界にいたいという気持ちが大きくなってしまったら、この子はこの世界に居続けることになる。
「あちらの世界にはあなたのお友だちもたくさんいるの。毎日おしゃべりできた方が楽しいわよ」
「お姉さんがいるもん」
「それは無理よ。お姉さん忙しいのよ」
 少女は残念そうに俯き、何かを考えていた。少女の後頭部から目を背ける。そこには生々しい赤色がこびりついていた。
「わかった。あっちの世界に行く」
 顔を上げ、キラキラとした顔を私に向ける。やはり正面から見れば可愛い。
「階段をのぼるように空をのぼるの。そうすればあちらの世界に行けるわ」
「お姉さん、ありがとう」
 少女はスカートの裾を揺らしながら、ぐんぐんと空へのぼっていく。私は心の底から安堵する。
 毎朝、幽霊を見るなんて気持ちの良いものではない。ようやく清々しくなった朝に満足する。さあ、今日を始めよう。

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