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「でも、生きてる」という言葉を生み出した自分に泣かされた

今日は2020年の3月31日。
年度末というやつですが、みなさんいかがお過ごしでしょう。
僕はといえば、相変わらずの家でゴロゴロ生活。これがテレワークとかじゃないから呆れます。

2019年の12月から会社を休職していて、そろそろ丸4ヶ月。
もう年度も変わって、会社には次の新卒が入ってくる。
入社してから1年経とうというのに、仕事もしていなければ毎日ゲームや読書や物思いにふける日々。

そりゃあ、焦りますよ。気づいたら1年の4分の1が終わってるんですから。

焦りますし、焦ったぶんだけ自己嫌悪にも陥ります。

少し前までエンジニアとして働いていたのに、いま「あなたがエンジニアとしてできることは何か?」と問われれば自信を持って答えることができないと思う。

そんなこんなで「年度末だなぁ」なんてたらたらと考えているときにふと浮かんだフレーズ。


でも、生きてる。


この言葉が頭の中にふっと浮かんだ刹那、思考が水を打ったような静寂に包まれたかと思えば次の瞬間には涙腺が緩んでいた。

なぜだろう。
いまこの記事を書きながらエディタ上のこの言葉をじっと見つめるだけでウルウルしてくる。

俗にいうぴえんである。

たぶん、頑張れない自分を許せる、自分に言い聞かせるのにちょうどいい言葉なんだと思う。

大学院に満足に通えない自分。
会社への内定が決まってから意気込む自分。
意気込んで入社するも、うまく仕事を進められない自分。
休職という選択肢をとり、休んでいる時期も体調の波に踊らされる自分。

そんな頑張れない自分を認めてあげられる言葉なのかもしれない。

今日1日だけで何度も反芻した。


でも、生きてる。


どれだけ何もできなくても、「最悪の選択肢をとっていないんだぞ」ということを認識し、生きていること自体に感謝できるような、そんな気持ち。

「今日は〇〇も△△もできなかったなあ。でも、生きてる。」
てな感じで文末に足して使います。

これからもこの気持ちを大事に生きていこう。

こんな僕でもいつか誰かのためになる仕事ができたらいいな。

書き終えてみると予想の3倍ポエムでした。笑

ちゃんちゃん。

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