【day24〜29】 私はひとりで世界に開いていた
2023年10月10日(火)〜15日(日)
24:寒露 72:菊花開(きくのはなひらく)
ねこが丸まり、金木犀が開く季節。今日は新月。
少し書くペースを落とそうと思う。
半年に一度のペースで出るタウン誌の仕事をしていたのだが、木曜に校了、金曜に下版を迎えた。
出勤したら最後、トイレにも行けないような多忙な日々はようやく終わった。たぶん。
その間にも、地方で仕事ができるように新しいPCを注文したり(もうこれで完全脱Appleします、PCもスマホも数年で古くなるのに高すぎるし)、それに伴いicloudにあったデータをgoogleドライブに移行しまくったり、ポートフォリオの更新の準備をしたり、着々と進んでいる自分に驚く。
今日は、約1か月ぶりにカーシェアでクルマの練習をしてきた。
前回、ひとりで第三京浜に乗ってIKEAに行けた時点で、一旦運転の練習は卒業してよいと思っていた。が、その2日後に、私は金沢へのUターンを選ばざるをえなくなった。
生きるためにクルマに乗る必要がいきなり数か月後に迫ってきてしまったわけで、このまま運転の感覚を忘れるわけにはいかない。
なにせ金沢に引っ越す頃は、たぶん冬なのだ。雪か霰か強風か。移住後最初にするの仕事は駐車場の雪かきかもしれない。
三連休を睡眠の回復に費やしたものの、また平日は薬をフルに飲まないと眠れない日々が続いていた。「不眠恐怖」のほかに、単純に日中張り詰めすぎていたという要因もあったのだろう。
薬で眠っても眠らなくても、いつもぼんやりと眠い。体がモヤモヤする。
(モヤモヤするという言葉は本当は嫌いなんだ、大事な違和感に向き合うことを放棄している気がする)
特に水曜は精神的にも落ち込みがひどく、常に胸がずっしりと痛み、単発で電話カウンセリングを受けたくらいだった。
「眠る時に何かを考えてしまうのは仕方がない。そのうえで、今ここにある身体、布団に接している身体だけを意識する」というアドバイスがあった。知っていたことだけれども、とても役に立った。
木曜日、社員のKさんが「あー、これ明日の下版無理じゃね?」とどこにぶつけてよいかわからないような怒りを込めて天を仰いでいたが、私はお手伝いのパートにすぎないので、自分のやることは終わり、すいませんすいませんといって19時過ぎに会社を出た。
私はこの後、「明日も仕事なのに? 眠れていないのに? こんなに疲れているのに?」という言葉をのみこんで、とうとうあの、「真南の光」を追いにいったのだった。今夜も眠れないに決まっている、だったらもう、夜遅くに帰宅したって同じだ。真南、おそらく川崎の工業地帯は、自宅よりも職場からのほうが近い。今より寒くなったら、もうきっと行けないだろう。
残業後のよれよれの体をひきずって、電車とバスを乗り継いで、人っこひとりいない、工業地帯のバス停で降りた。
そして、私は駅前に一軒だけ煌々ど輝く立ち飲み屋に突入して、聞き込み調査をしたのだ。
結果、特に新しい情報が得られたわけではなかったが、あ、私、世界に対して開きはじめたな、と思った。
本来私はそうだった。さらに、ここ数年少しだけ編集業務に復帰したことで、「発病前の自分」とか「本来の自分」ともまた違う、別の扉が開いていたのを知った。
長い長い時間で止まっていた時計は、今動いたのではなく、本当は少し前から動いていて、すでに発病前とはまた違う地平に私を連れていたのだ。
人は身体の疲れをとらなければどうにもならないと思っていた。余裕はあればあるほどよいと思っていた。
が、川崎の工業地帯に、ヨレヨレの身体で激走することで、すべてを忘れられた。これが気分転換というものか! 別の視点というものか!
この日を境に、私はふたたび眠れるほうに導かれていった。
詳しくはまた、日記とは別にあらためて書こうと思う。
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