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【レポート】「生き辛いな〜」と気付いてからやってきたこと


『生き辛いな』『なんで皆みたいに上手く渡っていけないんだろう……』『普通になりたい』


私はよく、こんなことを思っていました。


これはあくまでも個人的な経験談ですが、もし同じ様に悩んでいる・悩んだことがある方に1つでも気付きがあればと思い、まとめることにしました。

読み辛いところもあるかと思いますが、何かひとつでも役に立てば幸いです。


まず簡単な私の説明から。

私はシングルマザー育ちです。
母と弟の3人家族。
父は何度も借金を重ね、最後は私と弟の教育費に手を出したことで離婚に至ったそうです。

母はかなり明るく面白い人間で、人当たりも良く人気者。
ですが父と離婚し、仕事を始めたくらいから精神的に不安定になっていきました。

夜、何かのスイッチが入って私や弟にキツく言葉で当たってきたり、自分のことを責めたり。
弟には度々手を出すこともありました。
私はよく「あんた見てるとパパ思い出す。近寄らんといて」と言われたり、「ほんまにどんくさいな。あんた」
「あんたは人の100倍やらなあかん、何にも出来やんのやから」と、今思えば自己否定の始まりを生む言葉を沢山言われました。
ですがそれ以上に、母は自分に悪態をつくことが多く、それが聞いていて1番辛かったです。

誰かに助けて貰いたい気持ちもありましたが、元気で人気者の母が不安定になった時の症状など、当時小学4年生の幼い私には誰にも相談が出来ませんでした。
母のイメージを壊す訳にいかなかったし、なにより私は母が大好きです。

母は仕事頑張ってくれてるんやから、この位踏ん張らなくては。
我慢しなくては。
母がおらんと生きられへんねんから。
母が辛いのは私が悪いんやから。
ちゃんとしてたら大丈夫なんやから…。

今思うと、誰かに相談出来なかったのはもっと沢山理由があったんだとも思います。

母が誰かに攻められたらどうしよう。
施設とか病院とかに入れられたらどうしよう。
私と母と弟、家族がバラバラになったらどうしよう。
誰かに話して、これが現実だと実感したくない。

だから私が弟を助ければ大丈夫。
私がちゃんと成長して、母に迷惑をかけなければ大丈夫…。

今思うと、その頃から私は徐々に"自分"を見失いつつありました。

そして、私にとって致命的に変わってしまったのは中学2年生の時です。

母は初めて私の前で自殺しようとしました。

目の前で何が起こっているか、本当に、全く理解が出来ませんでした。

自身に包丁を突き付けて、母は本気で死ぬ気でした。
母に「死なせて」と懇願されました。
その時私は、「死なせてあげた方が良いのかもしれない」と、本気で思いました。
「やめて」と言えなかったんです。
でも母が包丁を落として、咄嗟に拾いました。
「殺して」と泣きながら言われました。
私は首を振るしかなくて、ただただ震えていました。
その時心の中で何度も、何度も、
「死なないで、ごめんなさい」
と謝っていました。

私は、自分の弱さが罪だと思いました。
大丈夫、もう解放してあげる。と言える強さが欲しかったし、それ以上に母の死を止める強さが欲しかった。
でも、何も出来なかった。

代わりに、自分の心を殺すことを選びました。
私は母を喜ばせる人間になる。
ただそれだけ頑張る。
優等生になって、色んな人から褒められれば、素晴らしい母として世間から認められれば、母も生きたいと思うはず、母が生きてて良かったと言う時が必ず来るはず…。

それから私は、悩みや負の感情を知らないフリして瓶の中に押し込み、蓋をするのが上手になりました。

"自分"を完全に拒否して、"他人が求める理想の自分"を作り上げるんです。

他人に好かれるように、他人から良いと思われるように努めました。

これは自分の才能とも言えますが、私は結構人当たりが良いのでありがたいことに大抵の人から好かれます。
だからルールを守っていれば評価してくれる学生時代は難なく過ごせました。

ただ社会に出るとそうはいきません。

社会は、"自分の意見"を上手く言える人が勝ちます。
私はこの壁に思いっきりぶち当たりました。

そうです。
これは私が"自分"を押し殺してきた大きなデメリットです。
そして、多くの日本人がぶち当たる壁でもあるんじゃないでしょうか。


そこで私は試行錯誤し、必死で自分の問題の原因を考えました。

辿り着いた答えが、瓶に入れて蓋をする行為です。

この行為の問題点は2つ。

1つ目は問題が何か分からなくなること。

詰めた瓶の奥底の悩みなんて、ほとんど覚えていません。
だから何に対して自分が嫌だったのか、怒っているのか全く自覚がないんです。
これでは問題探しからしなければいけません。

2つ目は瓶の蓋が閉まらなくなってしまった時、感情が溢れ出し、とてつもなく辛く感じるということ。

そしてこれは、『意味が分からず泣けてくる』という症状として、急に表面化します。

キッカケは些細なことであっても、その蓋が閉まらず溢れてしまえば、もう一定量出し切らなければ無理なのです。

これが自分の中で、特に人と1番違う難点だと思いました。
わけも分からず泣けてくる時がある。
原因が分からないけど、生きているのがしんどくなる時がある…。

普段自分が呼吸を何回しているか知らない様に、私は自分が1日の間に瓶に何を何回入れているか全く分からないのです。


そんな私が唯一自分を出せる場所が、
漫画を書いたり読んだりすることでした。
絵を描いている時だけ、自由でした。

でも中学生の頃から、どんどん人が泣いている絵しか書けなくなりました。
今思えば、多分自分が泣きたかったんだと思います。

それでも芸術の世界から離れませんでした。
社会人になってテーマパークショーの運営・企画に携わったのも、そこに繋がります。
今思うとそれだけが"自分"である意味でした。

自分の気持ちが分からない人間は、つまり言語化が出来ません。

言語化が出来ないと、人に"自分"を説明出来ません。

社会人になると、人に"自分"という商品をアピールしていかなくてはいけない。
そして色んな世代の、色んな性格の人たちと交流しながら仕事をしていく必要があります。

私は21歳の時に、自分の異常さに気付けました。
『私は私が分からない』
これが異常だと気付けたのです。


それから私は、自分がアダルトチルドレンだと気付きました。


※アダルト・チルドレンとは、子どものころに家庭内トラウマ(心的外傷)によって傷つき、そしておとなになった人たち、子どものころの家庭の経験をひきずり、現在生きる上で支障があると思われる人たちのことを指します。
それは、親の期待に添うような生き方に縛られ、自分自身の感情を感じられなくなってしまった人、誰かのために生きることが生きがいになってしまった人、よい子を続けられない罪悪感や、居場所のない孤独感に苦しんでいる人々です。
(書くと長いので気になった方は詳しく調べてみてください)

やっと自分のことが、客観的に見えてきました。

それから私が行ったことは大きく2つです。

1つ目は、母と距離を持つこと
2つ目は、負の感情をハッキリさせること

1つ目の『母と距離を持つこと』はかなり効果的でした。
社会人になって、1人暮らしを始めたから自分の異常性にも気付けました。
何より自分の固定概念を見直すことが確実に出来ます。
固定概念、とは怖いもので本当に自分では気付けません。

母は1人で私と弟を育ててくれた、本当に尊敬する母だけど、嫌なところは嫌だと自分の為に気付くことが大事です。
私は長い間母を否定するなんて出来ない、と思っていました。
これこそ固定概念です。
どんなに好きな人でも悪いところはあります。
それに気付いた上で一緒に居たい、と思える方が素敵な関係じゃないですか??
そう気付いて、母の嫌なところは嫌だとちゃんと考えるようになりました。

そして嫌なことに距離感を置くと、自分は少し元気になります。
向き合うのはその後で充分なんだと知りました。
ずっと向き合っていないと、不安になるとも思い込んでいましたけど、それも間違いです。

まず自分が元気になる。
その後少しずつでも良いので、必ず問題に向き合って下さい。
というのも、ほっておくと大体大変なことになります。笑
(私の場合、母をほっておいたら母の彼氏に家のお金30〜40万程盗まれてました。これは本当です。警察沙汰の最悪な事件になりました笑)

だからまずは嫌なもの・ことから距離を置く。
その後放置し過ぎない程度に向き合う。
人生、楽しく生きるには必ず努力が必要なのです。
でも努力は継続力が一番大切です。
だからなるべく楽しく、少しずつ、努力するのが大事なんだと気付けました。


そして2つ目『嫌なことをハッキリさせる』

これは嫌だな、と思ったり、なんかモヤモヤしたな、と感じたことを日記に書いたり、絵にしてみたりして自分の中でハッキリさせることをしていました。

ちなみにハッキリさせるのに、時間はいくらでもかけても良いとしていました。
こう言われるとなんだかモヤモヤしたんだよな〜、ってことを書いておいて、3日後くらいに、このモヤモヤは嫉妬だ!とか書き足すんです。
すると、自分の思考も掴めてきます。

すると最初それを客観的に見た時に、私こういう幼稚なとこあるんだ恥ずかしい、とか、えっ性格悪とか、わりと凹んだりもしました。

なので何回も止めたり、捨てたり。
自分の醜いところなんて、出来れば見たくないですもん。

でも何度もまたノートを買って、向き合って。
7つも大罪持ってる人間だし、しゃーねーか。
って流してました。笑

とにかくこれに関しては嘘を書かないこと。
これが大事です。
誰にも見せないから、どんな汚い自分でも全部出してやる!と腹をくくること。

そうしていくと、自分の意見が生まれて嬉しかったです。

すると今度は自分の意見を人に話してみたくなるんですよね。
これが最初はめちゃ怖い。

こんなこと言って、幼稚だと思われたらどうしよう。馬鹿だって思われたらどうしょう。

この山は結構大変でした。
コツコツ小さなことから主張して、自信をつけていくしかありません。
でも、誰だって人を助けたいのです。
きっと私が誠実になれば理解してくれる人が居るはずだと信じていました。

私が異常性に気付いてから早約10年…。
今は母と友達みたいに話せます。

色んな壁がありました。
でもこの2つをやって、自分を大切に出来て、変わっていけました。

私なりの方法はこの2つだったけれど、
まず自分を理解して、自分なりの解決策を見つけるのが1番だと思います。


ぜひ愚かな固定概念をぶっ壊して、
"自分"を大切に、"他人"も大切に。

生きづらさの理由や原因は無限にあるけれど、
逆に解決策や改善方法も無限にあります。

自分にとって生きやすい場所や考え方、選択肢を増やして欲しいです。


私にとって、この記事を書くことも、大きな一歩になりました。
こうやって誰かに公開することに、意味はあるのかな、と半信半疑ではあります。
それに、出来れば書きたくないし、思い出したくないことも多々ありました。
辛くて悲しくてとても勇気のいる作業でした。

でも今は、スッキリとした気持ちです。
この過去があるから今の自分が居るので、胸を張って話そう!と思っている位に。


何年後かの自分が感謝してくれたら、1番嬉しい。

ありがとうございました。






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