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カップ焼きそばが食べたい①

マト子、37歳の秋。

その頃、私は無職であった。
元来ひとりでいることにストレスを感じない私は、およそ10ヶ月にも及ぶ無職期間のほとんどを、古びた小さなアパートの一室で過ごしていた。

近所のスーパーか仕事の面接以外は、部屋で規則正しい健康的な日々を送る。
ペットのカメたちとも一緒に過ごす時間が増え、前よりも仲が深まったように思えた。


そんなある日の夕刻。
私は台所でひとり、嬉々として鍋のお湯が沸くのを待ち構えていた。
数ヶ月ぶりにカップ焼きそばを作ろうとしているのだった。
たまに食べるジャンクフードは高級品にも劣らぬほど美味しい。
節約のために仕方なく自炊をしている私にとって、それは十分なご褒美である。


お湯が沸いたらすぐに注げるよう、カップ焼きそばのフィルムを剥がして準備をすすめる。
すると、隣の部屋からいつものように若い女の子の笑い声が聞こえてきた。

実は最近になって若いカップルが隣に入居したのである。
まだ顔を合わせたことはないものの、毎日聞こえてくる女の子の笑い声はとても楽しそうで微笑ましい。

「お隣さんは今日も幸せそうだ」

そんな風に思いながら、カップ焼きそばのフタに手をかける。
次の瞬間、フタをめくる音が台所に響き渡った。


ペッ!、、、ペリーッッ!!!



鋭利な音にハッとし、思わず手を止める。


「え?フタめくる時ってこんなうるさかったっけ?」


まずい。こんなけたたましい音を出されてしまっては、私が今からカップ焼きそばを食べようとしていることが隣のカップルに勘付かれてしまうではないか。
そのうえ湯切りでシンクがバコンと鳴れば確定である。


私から見た隣のカップルは幸せそのものだ。
しかし、彼らの隣人である私はどうか。


私が一人暮らしであることは生活音から当然わかっているだろう。
宅配便の応対で聞こえてくる声から、中年女性ということも。
そして、どうやら"いつでも"部屋にいることも。

もしかすると、仕事もなければ他人との接点もない世間から孤立した寂しい中年女性だと思われてるかもしれない。
私はカップ焼きそばを前に立ちすくんでいた。


「無職の中年女性がひとりで晩ごはんにカップ焼きそばを食べているなんて思われたくない!」


それはどこをとっても紛れもない事実ではあったが、改めて他人からそう思われるのは嫌だった。
無職独身のアラフォーが必死でかき集めた、なけなしのプライドである。

だが、カップ焼きそばを諦めるという選択肢など毛頭ない。
私は目の前のカップ焼きそばがどうしても食べたいのだ。
それとプライドとはまた別の話である。


鍋の湯はもう、煮えたぎっている。



つづく



【後述】
カップ焼きそばの開封音は「この人、今から焼きそば食べようとしてますよー!」と発表されているようで、いつでも多少は恥ずかしいです。

最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました。

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