見出し画像

「運動神経が良い」と言うけれど…

スポーツが得意な人を指して、運動神経が良いと言うことがあります。一方、苦手な人を運動神経が鈍いということもあります。今回は、この「(いわゆる)運動神経」が、多くの人が考えているようなものとはちょっと違うという話です。

運動神経ってなに?

「運動神経」を文字通りとらえると「身体を動かすための中枢や抹消の神経」です。たしかにこれは存在します。ただし、日常での「運動神経」という言葉は、「スポーツ全般に共通する能力」とか「身体を思い通りに動かすメカニズム」という意味で使われます。こちらは正しくありません。スポーツ全般に共通した得意、不得意を決定する唯一のメカニズムは存在しないからです。身体の動きは複雑です。ある動きと別の動き、例えば、歩行とジャンプは、似ていてもかなり違います。あらゆる動きを決定するたった一つの能力は、今のところ見つかっていません。

運動能力にはデコボコがある

実際に運動能力を測定をしてみると、同じ人が似たことをしても、上手く出来たり、出来なかったりする、つまり、運動能力にはデコボコがあることが知られています。ここでは6つのバランス・テストを比較した研究を紹介しましょう(Drowazky & Zuccato, 1967)。この研究では、以下のような6つのバランス・テストをおこないました。

・片足立ち:片足で立ってバランスをとる(Stork stand)
・飛込台:水泳の高飛び込み台の上でバランスを取る(Diver's stand)
・棒:細い棒にかかとを上げ片足で乗りバランスを取る。(Stick stand)
・横跳び:左右に交互に片足でジャンプをし、行ったり来たりしながらバランスをとる(Sideward stand)
・前跳び:前方に交互に片足でジャンプして進みながらバランスをとる。(Bass stand)
平均台:平均台を歩く速度・失敗を計測する(Balance stand)

画像3

片足立ちというのが上の図ですね。どれもバランス・テストなので、そこそこ似ています。これらのテストの間で相関(*注)をとり、下のようにまとめました。

スライド1

それぞれのテストは似ているにもかかわらず、成績の相関はほとんどありませんでした。例えば、片足立ちで長く立てるからといって、棒の上でも同じとは限らなかったのですつまり、同じようなバランス・テストでも、それぞれ違う能力を測定していることがわかりました。最近の網羅的なメタ分析でもこの結果は支持されています(Kiss et al., 2018)。

バランスにはといってもさまざま

バランスには、止まっているときと動いているときで違う要素が関係します。上の例です最初の3つが止まっている、残りの3つが動いているバランスです。止まっているときと動いているときのバランス能力には、ほぼ相関がありません(例えば、片足立ちと平均台、r = .03)。止まっているバランスの間で比べても相関はほとんどありません。例えば、片足立ちを普通にしたときと棒の上でしたときでは、弱いながらもむしろ負の相関(逆転関係)になりました(r = -.12)。つまり、2つの異なるバランス能力では関連がなく、一つのバランス能力の中でも弱い関連しかないのです。

ブラジリアン柔術とバランス

ブラジリアン柔術では、一方が立ち、もう一方が床に腰をつける(寝る)という攻防が、ほとんどの時間を占めます。そして立っている相手を倒して、上下が入れ替わると2点が入ります。いわゆるスイープです。スイープを、つまり倒されるのを防ぐためには、バランスをうまく保つことが必要です。

画像3

ブラジリアン柔術でスイープを防ぐためには、自分の重心を崩さないようにバランスを保つだけでは不十分です。相手の攻撃に耐える筋力も必要です。実際の攻防では、床に手を置いたり、相手を自分の体で制したりという技術も関わってきます。相手の技を知って対応するといった知識や経験も関連するでしょう。このように、ひとつの競技においてバランスを取ることを考えただけでも、非常にさまざまな要素があることがわかります。

「(いわゆる)運動神経」なんてものはない

バランスを保つには様々な身体の働きが関わり、さまざまな要素が関係します。ですから上の結果が示すように、一つのバランス・テストで判断できる単純なものではありません。つまり、バランス一つを取っても、それを決定づける唯一の能力はないのです。ですから、スポーツ全般に共通する得意、不得意を決定する唯一の能力、つまり、「(いわゆる)運動神経」があるとは極めて考えにくいのです。

もちろん、スポーツ万能のひとはいます。でも、ほんの少しです(クラスに1人くらい?)。一方、どのスポーツも苦手な人もいます。こちらも少数です。たいていの人には得意と不得意があります。そして、大切なこととして、身体の動き自体はトレーニングでかなり改善できます(これについては改めて書きたいと思います)。

スポーツで上手くいかなかった経験があると、どのスポーツにも苦手意識を持つかもしれません。しかし、バランス一つとっても、共通して能力が高い、低いということはほとんどありません。ですから、過去の経験から、自分に運動神経がないと思い、苦手意識からスポーツを楽しむ可能性を閉じてしまうのは少しもったいないと思います。


引用文献

・Kiss, R., Schedler, S., & Muehlbauer, T. (2018). Associations between types of balance performance in healthy individuals across the lifespan: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Physiology, 9, 1366.
・Drowatzky, J. N., & Zuccato, F. C. (1967). Interrelationships between selected measures of static and dynamic balance. Research Quarterly. American Association for Health, Physical Education and Recreation, 38(3), 509-510.

------
*注:相関は2つの変数の(ここではテストの成績の)関連性を示す指標です。関連性が強いとき最大で+1.0、無関連で0、逆の関連性があるとき-1.0の値をとります。つまり、+1.0から-1.0までの連続した値で、関連性を示す指標となります。例えば、テストの関連性が高く、参加者の順位が、片足立ちと飛込台について完全に一致したなら(例、どちらのテストでも1位など)1.0となります。全く逆なら(一方のテストで1位の人のもう一方のテストが最下位など)-1.0になります。そして、全く組織的な関係がないと0となります。相関の強さは、.30までは弱い相関、.60を超えると強い相関と判断されます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?