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初心者は寝技からだと学びやすい

別の記事でも書きましたが、武道必修化に伴い、男女問わず中学校では武道の授業があります

#必修の授業ですから、武道の精神を通じ日本の伝統と文化を理解し、さらに武道の技術を身につけなくてはなりません(そういう法律になっています)。しかも、短期間でそれをしなくてはなりません。さて、中学校ではどのような工夫がなされているのでしょうか?

寝技 vs. 立技

中学校における武道の授業では、柔道が最も多く取り入れられています(柔道は全体の64.5%)。柔道は打撃がない組技の格闘技で、立技(投げ技)と寝技(固技、絞技)に大きく技術・展開を分けることができます。山本らは、立技と寝技のどちらを先に学ぶと、技術の習得がしやすく、かつ、伝統や文化の理解につながるのか検討をしました(山本・島本・永木,2018)。

武道の授業は、平均でおよそ8回から構成されます。そこで山本らは8回の授業で立技と寝技の順序を入れ替えたカリキュラムを作成し、教育効果を比較しました。このカリキュラムが非常によくできています。例えば、立技では、昔は大外刈りから入ったものですが、最近ではかなり安全策を考慮したものとなっています。

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上の表の通り、最初の2回で全般的な導入をし、その後立技、寝技ともに3回ずつの授業が割り当てられています。赤い枠で囲ったところが寝技になります。このような授業順序で、生徒たちが感ずる教育効果が上がったかを調べました。教育効果の測定にあたり学習指導要領に沿って以下の4項目が設定されました。括弧内は各項目を測定する質問内容です(注1)

技術・護身(落ち着いついて自分の動きができるようになった、自分の身を守れるようになった)
社会性(友達にも教えられるようになった、わからないことは指導者に聞けるようになった)
礼儀作法(相手に気持ちを込めて礼ができるようになった)
規則の遵守(危険なことをせずに取り組めた、安全に配慮した)

8回の授業後に生徒たちに上の4項目について質問をしたところ、寝技を先行した方が達成度が高くなることがわかりました。なお、統計的に意味のある差があったのは、技術・護身と規則の遵守でした。

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同じ内容を教えたにも拘らず順序で違いが出たのは、寝技の安全性が関連すると考えられます。山本らも、全日本柔道連盟による授業教本を参照し、寝技の利点として「生徒同士の身体接触を経験する機会の増加や思い切った力を発揮する経験ができること」や「よほどのことがない限りけががないこと」を挙げました。立っていると転んだだけでも怪我をしますしから、思い切り慣れない動きが怖くてなかなかできません。実際、柔道のように相手の体重や力を受ける場合、危険はかなり増します。ですから、安全性を考えると寝技でまず組み合うことに自体に慣れてもらうというのが良いのだと思います。最初の導入がうまくいくとやはり最終的な達成度も高まるのでしょう。

思いっきり身体を動かすのは楽しいことですし、友人やクラスメートと組み合うこともなかなか新鮮な体験でしょう。寝技の場合、(ルールの範囲内で)自由に動いてもそんなに怪我はしませんから、ゲーム性のある試合形式の練習にも最初から取り組めます。実際、今回の8回の授業でも寝技の初回からスパーリング(実践練習)のようなことが行われています。立技だと最初からはさすがにそこまで行けません。楽しいとは積極的に取り組めますし、意欲も湧きます。結果として学習効果も上がるのだと考えられます

格闘技と聞くと怪我の心配が頭をよぎります。しかし、経験のある指導者の場合は、上で示したように安全かつ効果的に指導を行うことができます。寝技から始めることで効果的かつ安全に学べることを示した山本らの研究は、寝技中心の格闘技であるブラジリアン柔術をしている私からするととても嬉しい結果です。格闘技に興味はあるけれど怪我が心配という方は、比較的安全な寝技中心の格闘技、ブラジリアン柔術の道場を覗いてみてください。気軽に体験してみるのも良いと思います。楽しいですよ!

引用文献

・全日本柔道連盟 (2010). 柔道授業づくり教本:中学校武道必修化のために.財団法人全日本柔道連盟.
・山本浩二・島本好平・永木耕介 (2018). 柔道授業の初習段階における学習順序の違いが生徒の学習成果に及ぼす影響.武道学研究,50( 3), 149-158,
(日本武道学会優秀論文賞受賞論文)

注1 :各項目の名称はわかりやすさのため、私が変更してこのnoteに記載しました。また、質問項目の内容は全てではありませんし、表現も短縮してあります。

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