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花は、雨だと下を向く。

愛媛県の移住セミナーに参加したあと、ほどなくしてJA全農えひめの方から、メールが届いた。
そこには、西条市を管轄するJA東予園芸に確認した内容とその補足だとして、次のようなことが記されていた。

・バラを生産するには初期投資が相当かかるので、自己資金が十分にあればJAの指導を受けながら農業をすることは可能。
・重油の価格が高騰しており、また花の需要が減少していることから、新しく始めるには非常に厳しい環境。
・それでも生産したいという意欲と十分な資金が必要。やってみて難しいからといって辞めるようでは、ただ多額の借金が残るだけ。

農業を始めるには初期投資がかかることや、すぐには軌道に乗らないことなどは頭に入っていたが、そのことだけにフォーカスされたメール文面に、私の気持ちは沈み込んだ。
会場でほとんど話もしていないのに、どうして「やってみて難しいからといって辞める」ことを前提にしたようなことが言えるのだろうかと。

沈んだ気持ちを抱えたまま、お礼のメールに、一言加えて返信した。
「自己資金はどのくらいあれば良いと思われますでしょうか。」

すると翌日、これに対して返信が届いた。
かなり長いメールだった。
要約すると、「自己資金だけではない。どんなものをどう生産していくかという経営能力、販売ルートを開拓していく営業能力や、他の生産者や販売先などとのコミュニケーション能力が必要。コミュニケーション能力がもっとも重要かもしれない。」といったもので、「農業とはそういうものです。」という言葉で締めくくられていた。

あまりのことに私の心は動揺した。
内容に対してではない。どうやら相手は、私に対して相当の怒りを持っているらしい、ということを、文面を通して感じたからだ。

農業をやりたいなどと思って、移住相談会に行かなければよかった。
移住相談会に行ったとしても、やりたいことを相談なんてしなければよかった。

もう、移住なんて考えるのはやめよう。
相談した相手に怒りを持たれてしまうなんて、移住や就農を考えるに足る人間ではないんだ。
移住を期待されている人材じゃないんだ。
若くもなく子どももおらず、なんの能力も持たない中年女性が1人、移住してきたところで、自治体としては変な荷物をひとつ増やすだけだ。

私に居場所なんてどこにもない。
この地獄みたいな会社で、下を向いて心を殺して生きていくしかないんだ。

帰宅時の電車の中、JA全農えひめからのメール文面を見つめながら、スマホを持つ手は氷のように冷たかった。
電車が最寄り駅に着いたとき、私はメールを閉じ、自分の足元だけを見ながら家へと向かった。
気温は低く、吐く息は白かった。

そして帰宅し部屋に入ると、愛媛の移住相談会でもらった愛媛県のノベルティグッズやチラシを、置いていた棚から取り出し、すべてゴミ箱に捨てた。

こうして、移住や農業への気持ちはすっかり冷め、つまらない仕事に時間を切り売りする生活だけが残った。

その後、徳島県の移住セミナーで個別相談をした、海陽町の担当者からメールが届いた。
海陽町のバラ農園では、現在、採用を予定していないとのことです、との内容であったが、特に気持ちが落ち込むこともなく(もともと沈みきっていたのでそれ以上落ちることがなかった)、黙々と生きていくだけだった。

また、さらに数日後、愛媛県の移住セミナーで最初に訪れたブースで話をした女性から、メールが来た。
県の農林水産研究所に、花き栽培の研修があるかを確認したところ、研修を受けるには年齢制限があるとのことだった。私は、その制限された年齢より上なので、つまりは研修も受けることはできない、ということだ。

もう、移住も農業も考えていないのに、相談になんて行ったから、いつまでも連絡が入るんだと、私は、自分の過去の行為に苛ついた。

そして、過去の自分の行為を振り返り、愛媛移住セミナーに向かう電車の中で西条市の個別相談窓口に予約を入れたことを、思い出した。
慌てて私は、予約取得時の自動返信メールを探し、そこに記載されていた方法で、予約のキャンセルをした。

※なお、誤解なきよう補足しておく。
このときの私はあまりに自己中心的で周りが見えておらず、JA全農えひめ担当者からのメールに心を折られたような状態であったが、農業がそれほど大変な仕事であり、新規就農を考えるならばしっかりした計画性と覚悟を持たなければならない、ということを、その後に実感を持って知ることになる。
あのときあのメールをもらったことを、今ではとても感謝している。

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