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人が持つ力


大学を卒業してすぐにオーストラリアへ渡り、もう既に約半年が経つ。
ここまでを振り返ると、非常に濃い充実した毎日を過ごせている。


着いた当初は、目に入るものすべてに感動していた。
街中や市内の自然の豊かさ、道路沿いに植えられている木の大きさ、野菜、果物のサイズの違い、自由奔放な人柄、国民性、見たこともない姿形、色彩の鳥、そこら中にいる動物たち、、、
目をキラキラさせながら街を歩いていたのを覚えている。

最初の3ヶ月は、Brisbaneから北に車で1時間弱車を走らでたところに位置するCabooltureという町の日本では見たことないほどの大きさのストロベリーファームで働いていた。


このイチゴ畑で経験したことのないような過酷な労働、生活環境で毎日を過ごしていた。


朝の5時過ぎに起き、遅い時は夕方の6時まで働く毎日。


住んでいたファームハウスは、ほぼ誰も使わなくなった仮設住宅に近い様式で、キッチンのガス、水道が止まることもあればトイレの水が流れなかったり、シャワーが冷水しかでない日も多々あった。


50人近くが住んでいたにも拘らず、冷蔵庫2、3台にちゃんと動く洗濯機が1台と、不便な点は挙げ出せば本当にキリがない(笑)


ただ、僕自身そういう生活を求めていた。
いままで何不自由ない恵まれた環境で22年間生きてきて、そういった不便に感じることや苦労をしたことがないのが僕の弱みでもあったからだ。


そんな中でも毎朝、日が昇ると同時に仕事がスタートし、そこで見る朝日と朝一番の澄んだ空気を体全身に浴びること、英語しか通じない環境で働けること、全く違う文化を持った人たちや、同じ日本人だけれども、それぞれ全く違う背景を持つ人たちと繋がりをもつことができたこと。

こちらも挙げ出せばキリがない。

今思えばそこで過ごした3ヶ月は、素晴らしい思い出だが、戻りたいとは思わない、高校野球を3年間やりきった後のような感覚に似ている。笑


僕は5歳から20歳まで、選手として野球に打ち込んできたうえ、ハードな練習を多く積んできたということで体力、精神力に自信は持っていたのだが、この3ヶ月の内、多くの仕事を経験させてもらい、その中で部活より数倍ハードに感じることも多々あった。


猛暑の中、ハードな仕事内容に加え、水飲みが許されないことも幾度かあり、喉が渇ききっているため、ボスに見られないようにラズベリーのプラントに刺さっている水やりポンプから水を飲もうか本気で試みようとしたこともあったくらいだ。(農薬入りの水だったのでもし本当に飲んだら死んでいた。笑)

ただ、その3ヶ月間は自分の中で、幸せな充実した日々の思い出、経験として残っている。

1番の要素は周囲の人間だ。
生活環境、労働環境に対し苦しさを感じるからこそ、皆でそれを共有し、励ましあい、そんな環境の中で100%、いや、それ以上毎日を楽しむことの大切さを強く感じた。
今はあの環境があったおかげで、みんなとここまで深いつながりをもつことができたんだな〜と実感している。

結局なにが言いたいかというと、環境がどうであれ、それをどう捉えるかはすべて自分次第ということ。


劣悪な労働、生活環境を変えることはできなかったが、素敵な人たちが自分の周りにいたからこそ、自分の心の在り方はどんどんいい方向へ変えていくことができた。

こういう考えを持った人たちが周りにいてくれたお陰で、不便を感じながらも幸せを感じることができていたし、そういう人たちと一緒にいると「自分はまだまだ子どもだな〜。なにも知らないんだな〜。」と感じ、「もっと色々な経験、勉強をしなきゃ」とたくさんの良い刺激を受けていた。

旅をする上で得られることの多くは、場所からではなく、そこで出会う人からなのではないだろうかと、まだまだ人生経験の浅い自分なりにそう感じる。

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