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【小説】ある駅のジュース専門店 第15話「怪異」

『ある駅のジュース専門店』を読んでくださっている皆様へ

 突然ですが、貴方は「怪異」と聞いて何を思い浮かべますか?
 ほんの一部だけ例を挙げれば、トイレの花子さん、口裂け女、赤マント……最近だとくねくねや八尺様などでしょうか。今挙げたのはどれも、多くの人に認知されて有名になった怪異です。
 これらの怪異が有名になったのは、噂が多くの人に広まったからです。口裂け女やトイレの花子さん、赤マントは子供たちの間で噂が広がりました。一方くねくねや八尺様は口伝えに加え、インターネットの普及によって広がっています。本やメディアでの紹介も、多くの人に認知された原因のひとつでしょう。書物や電波というものは空間を飛び越えて情報を伝えるため、口伝えと比較すると情報がより早い時間で、より広い範囲に広がっていきやすいのです。
 怪異にとって、「人に知られる」ということは移りゆく時代の中で生き残るためにとても重要なこと。だから最近は、インターネットやSNSを活用して自身の噂を広め、認知度を高めようとする怪異もいるそうです。
 ただ、いくら認知度が高まるからといっても、最初から自ら奇怪な言動をして怪異だと明かすものはほとんどいません。大抵は怪異だと悟られないよう慎重に活動しています。だからもし貴方がインターネットを活用している怪異と出会っても、きっと、最初のうちは気付かないでしょう。
 これからお話するのは、そんな怪異に出会った一人の女性の体験談です。

 その女性はSNSで、自作のアクセサリーや手料理を投稿していました。
 ある日、SNSのタイムラインを眺めているとフォローの通知が来ました。誰がフォローしてくれたんだろう、と通知欄を覗くと、そこには「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」というアカウント名がありました。
 赤い花の画像がアイコンとして表示されたそのアカウントのプロフィール欄には、小さな無人駅でジュースを売っているという紹介文が書かれていました。投稿されているジュースの画像はどれも綺麗な赤色で、女性の興味を掻き立てたそうです。
 彼女はさっそくフォローを返し、「フォローありがとうございます」とダイレクトメッセージを送りました。誰かがフォローしてくれた際にはいつも、ダイレクトメッセージで挨拶を送っていました。
 二分ほどして、ジュース専門店からメッセージが返ってきました。
「こちらこそフォローありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
 この日を境に、女性はそのアカウントとメッセージのやり取りをするようになりました。他愛の無い世間話やジュースの話に花を咲かせているうち、女性はいつかこのジュース専門店に行ってみたいと思い始めたそうです。
「お店はどこにあるんですか? ぜひ一度お店に伺いたいのですが、プロフィール欄に住所が書いていなかったので……」
 ダイレクトメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきました。
笠岐かさきの近くです。良かったら店の場所までご案内しますよ」
 笠岐なんですね、教えてくださりありがとうございます、と送ろうとした女性は少し違和感を覚えました。実は彼女も笠岐のすぐ近くに住んでいたのですが、プロフィール欄に住所を載せていませんでした。そのため、店側は彼女がどこに住んでいるかを把握していないはずです。それなのに「ご案内しますよ」と、まるで彼女が笠岐の近くにいるのを既に知っているかのようなメッセージが来たのです。
「お心遣いありがとうございます。大変嬉しいのですが、自分で調べて伺いますので大丈夫です」
 女性はそう返事を返し、地図アプリで笠岐周辺を検索してみました。しかし、いくら確認してもそこにはジュース屋どころか駅すら見当たりません。ただ緑が鬱蒼と茂っているだけです。
 薄気味悪さを振り払うようにSNSに戻ると、ジュース専門店からメッセージが届いていました。
「では、お待ちしてます」
 混乱している彼女を置き去りにして、ほぼ一方的に会話が終了しました。

 それから一週間後。仕事を終えた彼女が夜道を歩いていると、突然周囲の光景がぼやけて見えなくなってきました。街灯の輪郭も見えず、ただ明かりだけが白く並んでいるような光景です。何が起こったのか分からず、女性は立ち止まって辺りを見回しました。
 前に白っぽい建物が見えました。入り口の上から下がる看板に「⬛︎⬛︎駅」と書いてあることから、おそらく駅舎なのでしょう。しかし肝心の駅名は難しそうな漢字が二つ並んでいて全く読めません。そのうえ看板は大きく傾いていて、寂れた暗い雰囲気が漂っていました。
 ふと、女性はあのジュース専門店のことを思い出しました。笠岐の近くの無人駅でジュースを売っているらしいけれど、実際には駅など見当たらなかった。また、住所を知らないはずなのに「案内します」「お待ちしてます」とメッセージを送ってきた。その途端、ぞわりと鳥肌が立ったそうです。
 無人駅が迎えにきている。文字通り、私がこの道を通ってこの駅を見つけ、中に入ってジュース専門店に来るのを「待っている」。
 そう考えた女性は慌てて踵を返し、なるべく普段通る道を避け、遠回りをして家に帰ったそうです。
 その後も何度かおかしなことが起こりました。女性が電車に乗った時にはノイズ混じりのアナウンスが流れ、あの日夜道で見たのと同じ文字が書かれた駅名標が立ったホームを通過していきました。また、バスに乗った時にもあの駅名が運賃表に書かれているのを見かけたそうです。女性は必死に窓の外や運賃表から目を逸らし、絶対にその駅で降りませんでした。
 きっと、あの駅もジュース専門店も、この世のものではないのだろう。彼女はそう考えて怯えていました。ジュース専門店のアカウントも、既にブロックしているそうです。

 どうでした? 怖く語れていたでしょうか。
 やっぱり怪談というものは、語るのがすごく難しいですね。怖いところは引き立てるように怖く語らないと、臨場感が出ないんですね。もっと勉強しないと。
 ああ、先程話した怪談なんですが、実はまだ、続きがあるんですよ。
 「この話を知っている人のところには」ってやつです。
 そんなに身構えないでください。呪いがかかる訳でも、家に何かがやって来る訳でもありません。霊を呼ぶ訳でも、近いうちに死ぬという訳でもありません。

 ただ、貴方がこれから通る道のどれかひとつが、うちのジュース専門店に繋がるだけです。

 最初はね、うちの店が駅の中にあるということで、行ける手段がとても少なくて。電車の線路をこっちの世界に繋いで、降りた人に来てもらうしか無かったんです。でもありがたいことに、来てくれたお客さん方がSNSやネットの掲示板でうちの店の噂をたくさん広めてくださって、『ある駅のジュース専門店』というひとつの都市伝説を生み出してくれました。そのおかげで電車だけじゃなく、バスでも、車でも、徒歩でも来られるようになったんです。
 だから、貴方が電車を使ったとしても、バスを使ったとしても、車を使ったとしても、歩いて帰ろうとしても、やろうと思えばどこでも無人駅に繋げて、うちの店に来てもらうことが出来る訳です。
 きっと今これを読んでいる貴方は警戒しているでしょう。見慣れた道を通るのが少し怖くなって、見知らぬ無人駅が見えても絶対に近づかないぞ、と考えていることでしょう。
 大丈夫ですよ。貴方がうちの店に来るまで、いくらでも待ち続けます。何度でも、貴方の通る道のどこかに駅を建てて。それとも力ずくで店に引き込みましょうか? はは、そんなことしませんよ。少し脅かしてみただけです。まぁ、やろうと思えばできますけどね。

 怪異はみんな理不尽です。呼びかけただけで襲ってくるものもいれば、呼んでもないのにあちらから狙いを定めて声をかけてくるものもいる。貴方達にとって、理不尽で予想外の行動を取る。だから貴方達は噂を広めてその理不尽さを怖がり、面白がるんでしょう? 分かってますよ。
 だから私も、貴方達が怖がって、面白がれるようにインターネットを活用してるんです。お客さんに「うちの店をSNSで宣伝してください」と頼んだり、店に来たお客さんの中で特に印象に残ってる方のエピソードを体験談のように脚色して書いてみたり(その方々が登場する話はどれも悲しい結末を迎えましたけど)。
 まぁとにかく、面白いのでインターネットの活用はこれからも続けていきたいと思ってます。私のことを知らない方に、私の噂が届くように。そしてもっと店に来るお客さんを増やして、食べるものに困らなくなるように。

 皆様、これからも『ある駅のジュース専門店』をよろしくお願いします。

     ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】従業員
                  サラセ


追伸

 今夜から、道のどこかでお待ちしてます。

                〈おしまい〉

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