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ある駅のジュース専門店

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ある駅にひっそりと佇む、不思議なジュース屋にまつわるホラー小説です。
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【小説】ある駅のジュース専門店 第51話「夏の虫」

【小説】ある駅のジュース専門店 第51話「夏の虫」

 玉村さんと会った日から二日後。俺たちは再びあの異界駅に行くか迷っていたが、結局行こうと決意した。早くしないと、あの駅に連れて行かれた玉村さんがサラセさんに喰われてしまう。
 ただ、武器を何も持たないままサラセさんと対峙するのは非常に危険だ。そこで井田と入念に話し合い、各自メモ帳とライターを持っていくことにした。
「異界駅に辿り着いた時は、何かを燃やせば無事に戻れるんだったよな」
「うん。インター

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【小説】ある駅のジュース専門店 第50話「約束の日②」

【小説】ある駅のジュース専門店 第50話「約束の日②」

「誠一くん。久しぶり」
 サラセはそう言って笑みを深めた。窓から差し込んだ日光に照らされ、口元の赤い網目模様がいっそう鮮やかに映る。
「な……なんで……お前が」
 震える声で問えば、「だって約束しただろ?」と言われる。
「私の噂を広めたら、お望み通り喰ってやるって。噂を広めてくれた礼も言いたいから来ちまったわ。じゃあ……さっそく、約束を果たしてやらねぇとな」
 父を喰った化け物が、こちらに足を踏み

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【小説】ある駅のジュース専門店 第49話「約束の日①」

【小説】ある駅のジュース専門店 第49話「約束の日①」

 土曜日のお昼頃。俺と親友の井田は白淵市から電車に乗って、晒根町の駅に降り立っていた。この町に住んでいる、玉村誠一さんという方の話を聞くためである。
 今、俺たちは都市伝説「ある駅のジュース専門店」について調べている。主にSNSを中心に広まっている噂で、電車やバスや車に乗っている時、あるいは道を歩いている時、見知らぬ無人駅に辿り着いてしまうというものだ。駅の構内に佇むのは、鮮やかなネオン看板を掲げ

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【小説】ある駅のジュース専門店 第48話「玉村誠一の手記」

【小説】ある駅のジュース専門店 第48話「玉村誠一の手記」

 あれは昭和五十年、湿った梅雨の時期だった。
 私の父、玉村善之は、温室に新しく植える植物を買いにホームセンターへ行った。そこで買ってきたのが、サラセニアという食虫植物だった。
 当時小学生だった私は、父が見せてくれたサラセニアにおそるおそる顔を近づけた。食虫植物と聞くと、どこか獰猛で恐ろしいイメージがあったからだ。植物でありながら寄ってきた虫を捕らえ、ついには消化して養分にしてしまう。こんな怖い

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【小説】ある駅のジュース専門店 第47話「残滓」

【小説】ある駅のジュース専門店 第47話「残滓」

 これはある日の夕方、学校帰りに遊びに行くためバスに乗った時のこと。
 ちょうど混みやすい時間帯だったらしく、車内は人でいっぱいだった。手すりに掴まり、片手のスマホでSNSをチェックしていると、視界の端に電池マークの中身が減っていくのが映る。このスマホもそろそろ寿命だ。新しいものを買わないといけない。私は悶々としながら、目的の停留所がアナウンスされるのを待っていた。
 降りるまでずっと立ったままバ

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【小説】ある駅のジュース専門店 第46話「繋がり」

【小説】ある駅のジュース専門店 第46話「繋がり」

※この小説を読む前に、【小説】ある駅のジュース専門店 第25話「連結⑦」を読むとよりお楽しみいただけます。(下のリンクからご覧いただけます)

 俺が「玉村あみ」と名乗る人物に声を掛けられた日の、夕方。
 教材やペンケースを鞄にしまっていると、親友の井田が近づいてきた。
「那生、お疲れ様」
「おう、お疲れ」
「実は今朝のあれで、ちょっと気になってることがあってさ」
「雑貨屋の人に声を掛けられたこと

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【小説】ある駅のジュース専門店 第45話「標的」

【小説】ある駅のジュース専門店 第45話「標的」

 これはついこの間、バスから降りて大学に向かっていた時の話。
「那生くん!」
 後ろから名前を呼ばれた。振り向くと、知らない人がにこにこしながら立っていた。
 薄手の白いシャツに紺のジーンズと黒いスニーカーを合わせ、差し込む日光が黒髪のショートヘアを煌めかせる。顔の大部分は白い不織布マスクで隠されているが、緩く垂れた瞳から、穏やかそうな印象を受ける。
「森越那生くんでしょ? 久しぶり! 良かったぁ

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【小説】ある駅のジュース専門店 第44話「ジュース屋と雑貨屋」

【小説】ある駅のジュース専門店 第44話「ジュース屋と雑貨屋」

 これはある夜、電車の中で居眠りをして、降りる駅を乗り過ごしてしまった時のこと。
 慌てて降りたその駅は色あせたように真っ白で、改札の扉が開いたまま壊れている。看板の駅名に目を凝らしても、全く読めない。読み方を調べようとスマホを出せば、「圏外」の文字が目に飛び込んでくる。
 以前、ネットで知った都市伝説が脳裏に浮かんできた。この世とは別の場所にあるという駅の噂だ。きさらぎ駅とか、かたす駅とか、やみ

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【小説】ある駅のジュース専門店 第43話「散歩」

【小説】ある駅のジュース専門店 第43話「散歩」

 これは、暖冬で昼間の気温が高くなった日の話。
 私の家にはレナという茶色いトイプードルがいて、一日に三回、家族が順番に散歩に連れて行っている。私は夜の散歩を担当しており、七時ごろに家を出ている。
 ある夜、私はレナと散歩に出かけた。レナは尻尾を高く掲げ、私の少し前を軽やかな足取りで歩いていく。まんまるの瞳は喜びに満ち溢れているように見えて可愛らしい。自然と笑みがこぼれる。
 いつもは散歩コースが

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【小説】ある駅のジュース専門店 第42話「霊感」

【小説】ある駅のジュース専門店 第42話「霊感」

 気がつけば、都市伝説の紹介サイトが表示されたスマホの画面がすぐ目の前にあった。どうやらスマホを持ったまま、前傾姿勢で眠ってしまっていたらしい。バスの床に落ちそうになっていたスマホを持ち直し、運賃表を見やれば、降りるはずの停留所はとうに過ぎている。顔から血の気が引いていくのが分かった。
「次は、⬛︎⬛︎駅前。⬛︎⬛︎駅前」
 ざざざざ、とアナウンスにノイズが混じる。耳障りなその音に顔をしかめながら

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【小説】ある駅のジュース専門店 第41話「いわくつけ」

【小説】ある駅のジュース専門店 第41話「いわくつけ」

 期末テストを二週間後に控えたある日。私は親友の千晴と高校に残り、放課後の教室でテスト勉強をしていた。
「ダメだぁ、頭パンクした! ねぇ萌、休憩しない?」
「そっか、もう一時間ぐらい経ってるね。ちょっと休もっか」
「よっしゃ! クッキーつまも〜」
 千晴はスクールバッグの中からクッキーの箱を取り出した。
「お、美味しそう! 私も食べてもいい?」
「良いよー! 一緒に食べよ」
「やった! いただきま

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【小説】ある駅のジュース専門店 第40話「井田晴人の都市伝説研究」

【小説】ある駅のジュース専門店 第40話「井田晴人の都市伝説研究」

はじめに

 昨今、SNS上で「ある駅のジュース専門店」という都市伝説が突如出現し、現在も流行が続いている。大まかな内容は「存在しないはずの駅に迷い込んだ」というもので、2004年1月8日に投稿された「きさらぎ駅」や2011年11月10日に投稿された「すたか駅」と同じように、「異界駅」のカテゴリに分類することができる。しかし、SNSやネット掲示板で囁かれている噂を確認すると、「ある駅のジュース専門

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【小説】ある駅のジュース専門店 第39話「話し声」

【小説】ある駅のジュース専門店 第39話「話し声」

 これはある年の八月、母と買い物に出かけて家に帰ろうとしていた時の話。
 町中からバスに乗り、自宅に一番近いバス停で降りてしばらく歩くと、背の高い木々に囲まれた石造りの大きな鳥居が見えてくる。
 そこは「開戸神社」という神社で、日本神話に登場するイザナギの杖から生まれた神様を祀っているらしい。神社のそばには、かつてこの地域が村だった頃に入り口を守っていたという神様の石碑が建てられている。その石碑の

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【小説】ある駅のジュース専門店 第38話「腕時計」

【小説】ある駅のジュース専門店 第38話「腕時計」

 人のまばらな電車に乗り込むと、男は座席に全身を預けた。発車ベルが鳴り、ドアが閉まる。電車はゆっくりと走り出した。
 左腕の時計に目をやれば、午後十時。家に帰ったらミックスナッツを肴にビールを飲んで、録画していた番組を観たい。だが明日も仕事だ。軽くシャワーでも浴びてすぐに眠りにつくのが最善だろう。そう考えながら、流れていく夜景をぼんやりと眺めていた。
「ご乗車ありがとうございます。次は、⬛︎⬛︎…

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