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水曜日の朝、午前三時

留置場の官本にあった本。取り調べの時間以外は暇があり、本を読むか手紙を書くかくらいしかない。釈放されるまでの17日間で片っ端から読んだし、いくつか素晴らしい本に出合えた。普段はタスクが多過ぎて1日1冊が限界だがここではその気になれば5冊は読める。

出会えた素晴らしい本の中で一番、好きになったのが本書だ。釈放されて最初に購入したくらいだ。

冒頭は四条直美が亡くなる前に吹き込んだテープを元に話が進んでいく。本書の時代背景は大阪万博のあった1970年が舞台だ。物語を動かすポイントはいくつもあって重要ながらも核心は簡単につかめないようになっている。

私も今回、再読して本書をさらに好きな小説だと確信を深めた。

私は1970年生まれなので大阪万博を知らない世代だが、テープの声の主はその時代を駆け抜けた一人の女性だ。この女性は優しいとか良い人間であるとかそういう人物ではない。でもひとりの女性なのだ。そこがとても良い。

「人生は宝探し」という直美のメッセージが今も私の心を打つ。人生は掘り下げるほどに多様性が広がっていくし、簡単に見つかるものではない。幸せの青い鳥のように宝は自分の足元に埋まっているのかもしれない。

だとすれば今すぐ掘り起こしたいと思うのが人情だ。特に直美は直情的にそう行動する。この時代に合って自分の人生は自分のものだという確信と意志の強さは今の時代に合ってさらに魅力的に感じる。

本書の巻末にある解説にも書かれていることだが、印象的で私のこの先も送っていくであろう人生の中で何度も反芻する言葉になると思う。

何にもまして重要なのは内心の訴えなのです。あなたは何をしたいのか。何になりたいのか。どういう人間として、どんな人生を送りたいか。それは一時的な気の迷いなのか、それともやむにやまれぬ本能の訴えなのか。耳を澄まして、じっと自分の声を聞くことです。歩き出すのは、それからでも遅くはないのだから。

なんという力強いメッセージなのでしょう!このまっすぐに心に届く率直さこそが本書最大の魅力なのだと思う。

私は音楽業界で仕事をしてきた経緯もあるし、「わたせせいぞう」の大ファンでもある。ハートカクテルの世界観が好きなのだ。

本書でも時代背景に合わせてたくさん登場する。先ほどと同様にサイモンガーファンクルのことは私も気になっていた。やはり読者へバイアスを持たせないためか。こういった楽しみ方ができるのも本書の魅力の一つである。

人間は選択して決意した瞬間に飛躍する

ケルゴールの言葉である。私はどちらかというと、サイモンガーファンクルの歌詞に出てくる人間の様に、その時々に流されて生きた人間である。直美は万博を機に親の決めたレールから自分の人生を手に入れる決意をするのだ。

このあたりの意志の流れを俯瞰すると両方の作品を楽しめる気がした。


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