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シャチのすすめ

 シャチ、大型の海生哺乳類。「海のギャング」と呼ばれている。

 わたしとシャチの出会いはYouTubeに投稿されていた、鴨川シーワールドで飼育されているシャチとトレーナーのパフォーマンスショー合間の様子を撮影した動画だった。

 その動画では3〜4頭くらいのシャチと、それぞれに一人ずつトレーナーがついているのだが、体長5~6mほどもあるシャチが自身のトレーナーに対して、頭を撫でてもらったり、尻尾を撫でてもらったり、また頭を近づけて撫でるように促したりと、とにかくべったり甘えている。
 中でも印象的だったのが、シャチも愛情表現で顔を舐めるのである。シャチと人間の体格差があまりに大きいため、構図としては捕食に見えてしまうが、確かに愛情表現として顔を舐め、トレーナーの方も嬉しそうに受け入れているのである。
 それも、シャチはバケツいっぱいのイワシを頬張った直後、トレーナーの顔を舐めにいっている。

 本当にシャチが好きでないと嬉しそうに受け入れることはできない。
 素晴らしい愛情を注がれたシャチはまるで仔犬のように人に甘えるのだ。
 
 さらに、シャチのコミュニケーション能力は相当高いものであることも動画からわかる。
 トレーナーの出すジェスチャーとシャチの行動が完全に一致しており、「手を広げる」ジェスチャーで胸に飛び込んだり、「チュー顔」ジェスチャー顔に優しくチューしたり、その他にも随所に意思疎通の様が見られ、些細なボディランゲージで高次元的なコミュニケーションを図れているように見えるのだ。
 
 そんな動画を見て、わたしはシャチに恋をしてしまった。
 動画投稿者の方は、同じくシャチたちの休憩時間やパフォーマンスショーの動画を多く投稿されており、すぐさまチャンネル登録をして動画を見尽くした。動画だけでは飽き足らず、鴨川シーワールドへも足を運んだ。そして、シャチのことをもっと知りたくて、動画や図鑑で勉強を重ね、日本では5月〜6月に北海道知床沖に現れるシャチを遊覧船に乗ってウォッチングすることができると知った。
 
 2019年5月頃、飛行機・遊覧船を予約した。しかし、空路にある火山が噴火したとのことで、飛行機が飛ばなかった。
 そして今年、もちろんご存知のように、新型コロナウイルスの影響でそれどころではない。

 会えないからって、冷めるような恋ではない。しかし、「わたしたち付き合ってるから」のところまで妄想が膨らんでしまって誰かに迷惑をかけてしまっては遅いので、ここら辺で自身を解放する必要に迫られている。
 よってここに、知識と愛をアウトプットさせていただく。

シャチの生態系

 まず、シャチとは現状、全世界に1種しかいないとされており、その種は「オーシャンズオルカ」と呼ばれる。

 たった2つの情報でも、軽い驚きを与えられたことを期待したい。わたし自身、シャチが「オルカ」と呼ばれていることを知り青天の霹靂であった。「イルカはいるか?」の用法で「オルカはおるか?」といけるわけである。
 わたしの人生において活用する機会がないことを願うばかりだ。

 次に、シャチは地球上の生物の中で最も生息域が広く、北極圏〜熱帯域〜南極圏まで地球上のありとあらゆる場所に生息している。
 ここからが、シャチについて最も興味深い部分なのだが、世界中に生息しているシャチはそれぞれ「ポッド」と呼ばれる母系の強い血縁関係のあるグループで群れをなす。各ポッドは行動範囲や食性が異なり、それぞれの伝統と文化を守り、独自の生態系を確立しているのだ。

 生態系について、具体的に研究が進んでいる北米のシャチを例に挙げると、大別して「レジデント」「トランジェント」「オフショア」と3つの生態系に分かれる。
 レジデントは、定住者という意味で名付けられ、岸に近い湾内に定住しサケ・マスなどの魚類を餌としている。レジデントのシャチの中でも定住域が異なる複数のポッドが確認されている。
 トランジェントは、短期滞在者という意味で名付けられ、北米の広い海域を移動し、アザラシ・トド・イルカなど哺乳類を餌としている。
 オフショアは、沖合で活動しておりサメを餌食としている。

 次に、近年注目されている南極大陸に住むシャチの生態についてフォーカスする。南極大陸には「タイプA」「タイプB1」「タイプB2」「タイプC」「タイプD」の5つの生態系がある。
 タイプAは、オスが体長9mにもなる大型のシャチで、鯨類を捕食する。
 タイプB1は、アイパッチ(シャチのトレードマークである目の周りの白い部分)がとても大きい。変わった戦略でアザラシを捕食する。
 タイプB2は、B1同様アイパッチが大きいがB1に比べ1mほど小柄である。主にペンギンを餌食にしている。
 タイプCは、アイパッチがとても切れ長。魚食性でオスが6mほどと小型のシャチである。
 そして大本命のタイプDである。タイプDは我々が知っているシャチの容姿とは明らかに異なる。アイパッチは非常に小さく、おでこが丸みを帯びて出っ張っている。初見の際にはとてもブサイクに感じるであろうが、なんだかクセになる顔で、最終的に一番かっこいいのではないかと個人的に思っている。食性としては、歯が磨り減っていることからサメを捕食している可能性が高いとされているがその生態のほとんどが謎である。そんなところもまた好き。

 例に出した2つの海域のように、同種かつ同一の海域で暮らしているシャチなのに、異なる生態系を持っているのだ。

採餌戦略

 シャチの文化・伝統には様々あるのだが、最重要項目の一つ「採餌戦略」について、ユニークなものがいくつかあるため、紹介させていただきたい。
 南大西洋アルゼンチンのバルデス半島近海に生息するポッドのシャチは、岸で休んでいるオタリア(アシカの仲間)を見つけると、そのまま岸にダイブしてオタリアを捕まえ、そのままゴロゴロ転がって海に戻るのだ。ガッツ溢れるファイトスタイルに感嘆するばかりである。
 次のシャチは北大西洋ノルウェー北極圏に住む魚食性のポッドでチームワークを生かした「カーセルフーディング」と呼ばれる職人芸でニシンを狩る。
 ニシンの群れを見つけると、深く潜水できるベテランが複数で群れの下に潜り、群れをバラバラにさせないよう、うまく囲い込みながら海面に追い立て、海面近くに待機していた若いシャチが尾びれで強く打ち付ける。そうすると気絶したニシンが海面に浮かび、効率よく食事が取れるだけでなく、深く潜ることのできない子供たちも食事にありつけるのだ。
 最後に紹介したいのが、南極タイプB1のアザラシを食べるシャチなのだが、彼らもなかなかに芸術点の高い狩をする。
 小さな流氷の上で休んでいるアザラシを見つけると、猛スピードで流氷近くまで泳ぎ、流氷の目前で一気に潜水するのだ。そうすると波が起きて流氷が揺れ、鈍臭いアザラシはそのまま海へ滑り落ちる。そこを捕食するのだ。アルゼンチンの彼に比べてすごくテクニカルにアザラシを捕食する。

シャチの遺伝子研究

 ここまで見てきたように、シャチは世界各地で非常に多彩な暮らしをしている。しかし、遺伝子研究の観点から見ると、多彩とは逆の結果が得られる。シャチは他哺乳類と比べ「遺伝的多様性」が乏しいのだ。
 遺伝的多様性とは、同種でも持っている遺伝子に違いがあり、その種類の多様性を指す言葉である。
 例えば、あなたがホモ・サピエンスであると仮定した場合、あなたとわたしは、ずーっと遡るといつかは同じ祖先に当たるが、その遡った過程の分だけ遺伝子は異なる。
 あなたとわたしの遺伝子の関係は、全人類間でも同様であるが、わたしの顔からして、フランスやイタリアの人とはかなり遺伝子が遠いように思う。それだけ、人類は遺伝的多様性があるのだ。
 ではなぜ、シャチは遺伝的多様性が乏しいのか。その一つの説明として、「遺伝的ボトルネック現象」が起きたか可能性が考えられる。
 「遺伝的ボトルネック現象」とは、通常では起こらないような生態的・地理的な変動によって、短時間に個体数が激減するなど、遺伝的多様性が一気に失われる出来事のことである。
 砂時計の形をイメージしてもらいたい。上には現在の人類がいたとする。真ん中の細い部分で、ウイルスにより全滅の危機に陥り、下では生き残りで繁栄するが、全滅前に比べ遺伝的多様性は乏しくなる。それがシャチにも起きたという仮説である。
 
 シャチの遺伝的ボトルネック現象の要因として、現在の研究では氷河期がそのタイミングであった可能性が高いと考えられている。
 また、南アフリカに生息するシャチが、世界中のシャチの中で最も遺伝的多様性を有していることがわかっている。つまり、遺伝子の変異が蓄積されている数が多いということになり、南アフリカに生息するシャチが最も古い個体群である可能性が高いと考えられている。
 氷河期を乗り越えた南アフリカの個体群が南半球に拡散され、その後世界各地に拡散されることとなるのだが、一番最初に南半球を脱したのが、北太平洋・北米のトランジェントであると考えられている。その理由として、遺伝子的に南極大陸タイプAのシャチと最も近い関係にあるのだ。
 逆に、北太平洋・北米のトランジェントと最もかけ離れた遺伝子を持つシャチが北太平洋・北米のレジデントなのである。同海域を生息地としながら、世界中のシャチの中で遺伝子が最もかけ離れているというのは、進化学の上でも稀有な例である。
 進化学の基本となる考え方は、「地理的に隔離されたグループが充分な時間を経ることで異なる種に変わっていく」とされているのだ。
 しかし、先ほどの例でわかるように、シャチには地理的な遠近と遺伝的な遠近に相関関係がない。
 なぜ進化学の基本となる考え方に、シャチは当てはまらないのか。それは、シャチの最大の魅力の一つであるポッドごとの「伝統・文化」を繋ぐ「文化的ヒッチハイク」というもので説明できる。
 シャチの伝統・文化については様々あるが、重要なものは「パルスコール(鳴音)・採餌戦略・交尾にいたる行動様式」と考えていただきたい。これらを、親から子へ受け継ぐことを「文化的ヒッチハイク」と呼ぶ。
 ここで重要になるのは「交尾にいたる行動様式」である。我々的に言うと前戯にあたるのであろう。
 前戯がポッド間で異なるため、他のポッドと交配は全くないわけではないようだが、難しいのだ。特に、レジデントとトランジェントの交雑についてはこれまで確認されたことがない。
 つまり、北米という同じ海域に住むシャチが出会い、惹かれあい、身体的にも愛し合える者同士なのに、セックスの仕方がわからないのだ。なんて悲しい性であろうか。
 仮にわたしが、奇跡的にラテン系美女と夜景の見えるレストランで食事をし、大変よい雰囲気になったためホテルの部屋へ彼女を誘ったとする。
 部屋に入るやいなや、シャワーも浴びず、お互いを求めあい激しくキス等をしながらベットに倒れこんだとする。
 彼女はとても積極的でわたしのシャツを脱がせ、荒々しくベルトを取り、ズボンを下げたとする。わたしも彼女の服をはだけさせ、彼女の身体をまさぐり始めたとする。すると彼女は
 「ちょっと何してるの?あなたやり方が全然違うわ。もういい、服を着なさい」
 そしてわたしは、悲しげに彼女に脱がせてもらった服を自分で着るのだ。こんなに悲しいことはない。

 話がいつの間にかそれてしまったが、生態系の異なるシャチ間では前戯が違うため、交配ができない。よって、遺伝的多様性が乏しいと仮説を立てることができる。
 一方で、モントレー湾で複数のポッドが集まり、計56頭が交流し、子どものシャチが遊びあったり、若いオスのシャチが生殖器を出してメスのシャチに突っ込んでいったりという行動が観察されている。なお、残念ながら交尾には至っていない様子だったとのこと。
 知床でも100頭以上のシャチが綺麗に横並びになって泳ぐす姿が確認されており、いわゆる合同コンパのようなものが開催されているのではないかという意見もある。
 合コン説が真実だとした場合、遺伝子的に考えると、生態系を同じとする、レジデントのポッドの集いであったりトランジェントのポッドの集いであるだろうと考えることができる。
 また、5月〜6月に知床で見られるシャチは知床に来る目的についてわかっていることが少い。もしかすると、年に1度の合コン開催地として利用されているのかもしれない。

シャチの弱点

 これまで見てきたように、シャチは世界中で多彩な生活を見せ、すべての海で食物連鎖の頂にいる。そんな「海の王者 シャチ」にも弱点がある。それは海の環境汚染だ。弱点となる要因としてはいくつかあるが、以下に3つの根拠を取り上げる。
 1つ目はその食性についてである。食物連鎖の頂点に位置するシャチは、有害物質の強い生物濃縮を受けることになる。
 生物濃縮とは、プランクトンなどの低次生物から魚類へ。そしてイルカやアザラシなどの哺乳類の体内に濃縮される現象で、それを捕食するシャチの体内にも高濃縮された環境汚染物質が取り入れられることになる。
 2つ目は親から子へ受け渡される有害物質が多いことである。シャチは哺乳類であるから、もちろん母親からの授乳によって成長する。その授乳期間は2年間あり、その間、有害物質を含む乳を飲み続けることになる。
 3つ目は有害物質を分解する機能が弱いことである。一般的に生物は肝臓に薬物代謝酵素を持っており、体内に侵入した有害物質はその機能によって分解される。しかし、シャチを含む鯨類は進化の過程で毒物にさらされる機会が少なかったため、陸生哺乳類や鳥類に比べ、有害物質の代謝、分解能力が著しく弱いのである。
 
 ここでいう有害物質とは、もちろん人間が排出した化学物質のことであり、海が化学物質によって汚染されていることは周知の事実である。
 環境汚染の問題について、わたしは不勉強であるため批判することも、擁護することもできないが、シャチは環境汚染の被害者であることは間違いがなく、そのことについてはとても悲しく思う。


おわりに

 いかがでしたでしょうか。シャチはとても面白い生物ですよね。ただ、シャチについては、まだまだ解明されていないことが多いようです。
 例えば、南極大陸のタイプD。まだ何も解明されていません。あの独特な容姿を見ていただきたいので、是非ググってください。Dの謎が解かれるのはワンピースが先か、シャチが先か。
 あとは、インド洋とかアジアとかのシャチは、全然個体データの収集やDNA研究が進んでないみたいです。なので、伸び代のある趣味になるんじゃないかなと。
 ここまでタラタラと能書きを書き垂らしてましたが、やっぱりシャチの一番の魅力は外見の美しさじゃないかなと思います。

YouTubeも投稿してますので是非!



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