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ちいちゃんのかげおくりを感じる②

 ちいちゃんのかげおくりの重要な要素である「ちいちゃんという女の子の小さな胸の中でどんな風に起きた事態を受け止めているのか。」ということ。このことをどう捉えるか。それが私達読み手に投げかけられた最も本質的なテーマなのではないでしょうか。

 さて、もう少しちいちゃんの心にフォーカスして読んでいきます。ちいちゃんがお母さんからはぐれた場面。彼女の胸の中はどんなであったか。きっと「お母ちゃん、お母ちゃん」と呼ぶちいちゃんはまさか本当にこのままもう会えなくなるなんて思っていなかったし、考えることなど出来なかったのではないでしょうか。きっと探し出してくれるし、逃げた先で会えるのだと信じたことでしょう。だから不安な中でもたくさんの人たちの中で眠ることもできたのでしょう。別のたくさんの人たちの中にお母ちゃんやお兄ちゃんがきっといるのだから。

 しかし、読み手は当然そう信じることなど出来ません。客観的に作品の世界を捉えているから、この状況が既に絶望的であることが分かってしまうからです。すると、この「お母ちゃん、お母ちゃん」と叫ぶちいちゃんの姿、たくさんの人たちの中で眠るちいちゃんの姿に、読み手にしか感じられない意味合いの感情が生まれます。まだ幼児で起きていることの重大さを理解しきれないちいちゃん本人の恐らく感じていたであろう感情とは異なる意味合いの、冷静な状況把握をした上での感情です。それは、もうこれで家族と会えないという決定的な事実です。それを踏まえて「お母ちゃん、お母ちゃん」と、「たくさんの人たちの中で眠る」を読むのです。

 そうすると、「お母ちゃん、お母ちゃん」は、ちいちゃんの思いだけでなく、母との最後の別れの瞬間となるか否かの極限状態の、文字通り必死の叫びと変化するのです。そして、もう会えない家族との再会を信じて、状況もよく理解しないまま、「たくさんの人たちの中で眠る」ちいちゃんの姿を、その心細さだけでなく、泣きもしないでただ周囲の状況に流され抗うことなく健気に振る舞う小さな女の子と、その小さな女の子の置かれたあまりに無防備で過酷な状況に心を締めつけられます。家族と離れ、一人ぼっちになり、眠る、眠るしかない、眠れてしまうちいちゃん。小さな女の子の眠りには、親の温もりが絶対条件です。せめて一人になって眠ったとしても、すぐに親が子の元へ帰って来ることが固く約束されていなけのればならないのです。

 しかし、このときその両親はいません。その代わりに、皮肉にもたくさんの人たちの中にいるのです。ここで「たくさんの人の中」という表現の過酷さが際立ちます。家族よりも大勢の人に「人に囲まれている」が、そこには一人も家族はいないから、知らない「人に囲まれている」ことがかえって家族の不在を鮮明にさせ、小さいちいちゃんが独りぼっちであることを強調します。

 そしてその状況で眠るちいちゃん。何を思い眠ったのでしょう。きっと家族と再会出来ることを信じて眠ったことは間違いありません。現に自分は生きているのだから、家族も生きているはずだと信じて。それと同時に、あまりの辛さに心も体も疲れ果て、眠ってしまったのかも知れません。そんなちいちゃんを目の当たりにする読者の胸はまたここでも締め付けられるのです。もう会えない家族との再会を信じる健気な女の子がたった一人で眠ることが如何に寂しく心細いことがよく分かります。

 そして次の日、ちいちゃんは町がなくなっていることを目の当たりにします。ここで注目すべきは、「おうちのとこ」「深くうなづきました。」などです。

 はすむかいに住むおばちゃんに連れられおうちへ帰るちいちゃんが、なぜ確証もないのに「おうちのとこ」と言ったのか。なくのをやっとこらえて。そこには、多分おうちがなくなっていたことの悲しみと、それ以上にひと晩明けて翌朝になって改めてお母ちゃんとお兄ちゃんとはぐれていることを再確認したこと、みんなそこに住んでいたこと、おばちゃんに聞かれてお母ちゃんとお兄ちゃんのことを強く思ったことなどがあるのでしょう。また、ちいちゃんは、おうちしか知らないからそう言うしかなかったこと、いつも必ず家族はおうちへ帰ることなど、その健気に信じている心にまた非常な切なさを感じます。

 さらに「ここに帰って来るの。」と聞かれて、「じゃあ大丈夫ね。」と念を押されて、「深くうなづく」ちいちゃん。ここには、凄まじい状況でも絶対帰って来ると信じ、帰って来ない結末など耐えられるはずがないことを自覚するちいちゃんが描かれます。また、「じゃあ大丈夫ね。」と言われ、多分大丈夫じゃないかも知れないからこそ、不安を打ち消そうとして「深くうなづく」のでしょう。これは本当に小さい子ながらにとても強い、いや、強くならざるを得ない過酷な状況があることを表し、読み手の心はますます苦しくなります。

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