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ひとひら

 ちらりと脳裏を思わせぶりに、自分が話したか、他人から聞いた内容のひとひらだけが、頭へ浮かんで来る。それをはっと掴むも、不思議なもんで、全部は思い出せない。本当に一言のように音声として再現される場合もあれば、一文の文字として現れることもある。ひとひらだけが思い出されるのであって、それが何の話で、いつどこで誰と何でその話して、その会話なり対話なりが思い出せない。まるで自己の残像のようで、実際に自分が誰かとした会話なのか、テレビか動画かなにかで耳に入っただけなのかもわからないのだ。
「それで、いつからそんな事で悩んでいるのです?」私の目の前に白衣を着た医者らしき男が座っている。
「いや、別に悩んでいるわけではありません。ただ、やはり少し不安なもので」
「何がですか?」
「それが、自分でもわからないのです。なぜ自分が悩んでいるのかがはっきりしなくて、それが不安なんです」
「それは、難しい問題ですね」と医者はつぶやくようにいった。
「あの、病気なんですかね?」私は医者に尋ねた。
「いえ、そうではありませんよ。ご心配なさらず。で、他には何か症状はありますか?」
「とくにありませんが、この会話ももうすぐ、ひとひらしか記憶に残らないでしょう」

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!