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人のカタチ 一部 第一話 #創作大賞2023

あらすじ
 十八歳の伊木守一は、父の種冬が失踪して間もなく江津衆の御頭に就任した。 江津衆とは、主に可児の国の「生き人形」の討伐を目的とした集団。守一は自分が若く、また、力不足と思いながらも、それを受け入れようとしている。
 ある夜、江津衆の部下数人に同行した伊木は、自ら腹を切った男を発見する。男を江津衆の番屋に連れて帰り、保護する事にした。
 翌日、大老の堀田正盛の暗殺事件が発生する。 そして、江津衆の番屋も、保護した男により襲撃された。
 伊木守一は、父の行方と、暗殺事件の裏側にある黒幕を追い詰める。 しかし、その真実が彼にとっては予想外の衝撃であり、自身の運命を変える重大な決断を迫られる。

本文
 篝火で揺れる茅ぶき屋根と、黒い竹藪。それらの奥の暗闇から、暴れ猪のように、黒い影が小間春松に向かって来た。冷たそうな汗が小間の額に滲み出ている。上下の歯はむき出しになっており、彼は刀身に殺気を込めて狙いをつけた。衝突の直後、小間の乱れ髪に血のような液体がかかる。影は動きを止め、正体を現した。
「ふぅ」と呟いた彼の目の前には、大きな骨組みではあるが、肉の薄い体が横たわっている。それの割れた頭からは、柘榴を割ったような液溜まりが、暗い地面に広がっていた。
「これが……」伊木守一が、弱々しい声で小間に尋ねる。抜き身の刀もあまり見た事ないのか、彼は石のように立ちすくむ。
 刀を鞘に納め「御頭は離れていてください」と小間が言い放つと、伊木はゆっくり後ずさりした。倒れた体の衣を剥いで、小間は中身を確かめる。体は肩板と腰輪と手足だけの簡単な造りになっており、それらはひもで結んであるだけだった。
「もう動かないのか?」伊木が疑問を口にした。小間は黙って首を振るだけで、人形から目を離さない。荒れ始めた三十男特有のくすみが小間の肌にはある。しかしながら、若者を演じようとする、うらぶれた侘しさが彼にはあった。
「御頭は、生き人形を実際に見るのは初めてですよね?」小間の問いかけに、十八歳の伊木は何も言わず、ことりと頷いた。家督を継ぎ、伊木は江津衆の頭目に就任したばかり。江津衆とは、反乱分子の討伐を目的とする組織。特に可児の国が残した人型の兵器「生き人形」と戦っている。そんな集団を束ねるには、彼では力不足ではないかという意見がある中、大老の堀田正盛が伊木を推した。
「腰輪の金字塔を外せば動く事はありませんよ」人形の腰から小間は、瀬戸物のような四角錐を取り出して、保管する為に持ってきた鉛の箱の中にそれを素早く入れた。続けて「これも壊さないといけません」と人形の割れた頭の中から、小さな木片を取り出した。その木片を火の中に入れると、それは燃え始め、たちまち人魂のような形になって宙に浮かんだ。
「なんだこれは」伊木は蛇を踏んだように、ギョッと立ち竦んだ。
「眼木札と我々は読んでいます。人形の魂が入っているようです」
「そうなのか」小間の説明を聞きながら、伊木は喉の奥の悲鳴を噛み殺したような返事をした。
「残りの体も燃やしてしまいます。この人形は『手従形』と呼ばれる型です」小間の説明が終わると、浮いていた眼木札が、空中で燃え尽きて、耳障りな断末魔のような音が辺りに響き渡る。
「これで終わりました。では帰りましょうか」
「あぁ……」
 他の部品も燃やし、片付けが終わるころ、小間が提灯に灯を入れ歩き始める。伊木もそれに続く。人形の残骸は黒い炭になり、辺りに焦げ臭いにおいが残っていた。
「御頭。遅くまでありがとうございました」その辺りは古塚原という場所で、刑場があり、掘れば罪人の骨が出る為、通称「コツ」と呼ばれている。
「いや、勉強になった」そう言ったものの、伊木は震える膝を悟られないように、決然と肩をそびやかして取り繕うのが精一杯だった。
 小間春松は、このコツの出身で、戦では最前線で戦っていた。今の伊木の年の頃には、既に十人以上斬っていたそうだ。また、可児の国の人形にも滅法強く「絶体形」と言われる上位の人形も討ち取った事があるという。伊木守一の父、種冬に小間は見出され、戦が終わってから彼は、種冬の補佐的な立場に就いていた。
 彼等がしばらく歩いて行くと、道端に倒れている男がいた。その男は腹から血を流している。
「息があります」小間がしゃがみ込んで男を確認し、伊木に報告した。泥に染まった鼠色の衣を着ているその男は、僧のようにも見える。
「願人坊か」小間が口にした。願人坊というのは、本物の僧侶ではなく、僧形の芸人といった方がしっくりくる。裸で歌を歌ったり、適当な経を読んだりしては、銭を得て彼等は生活している。
「おい。しっかりしろ」小間が大きな声で呼びかけると、男は薄らと目を開いた。
「どちらさんで?」と尋ねる男の声には力がない。
「俺達は江津衆だ。お前こそ何をしている?」
「あっしの事はほっといて下さい」願人坊は、自分の腹に小刀を突き刺したようだ。しかし、傷は浅い。
「事情は知らないが、汚い真似はするな」小間は、部下に縄で男を縛るように命じた。「いてて」と声を出しながら、彼は悪態をついた。
「念の為、この男を番屋に連行します」小間が伊木に声をかけた。すると「あぁ」と伊木は威厳を取り繕って返事した。
 小間の部下が男を担ぐと、願人坊の背中が汗で湿っているのがわかった。灯りが薄く、その背中の汗は黒い飴のように見える。
「どうしました?」顔色の悪くなった伊木に、小間が尋ねる。
「いや、なんでもない」伊木が答えた。
「今日はもう遅いですから、休んでください」
「そうする」
「では、部下を一人お供させます。お気をつけて」
 そう言って、小間は番屋の方に歩いて行った。伊木の側には、若い男が立っている。背丈はそれほど大きくはないが、引き締まった体つきをしている。
「御頭。お送りします」小間の部下は丁寧に頭を下げた。
「あぁ」伊木は威厳を取り繕って返事した。伊木守一は「御頭」と呼ばれる事に慣れていないのか、表情に迷いがある。
 それから二人は歩き始めた。夜も更けて、辺りは静まり返っており、二人の足音だけがコツに響いている。


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