見出し画像

人のカタチ 一部 第七話 


 
小間春松はコツの自宅に戻ることなく、番屋でこれからの事を、数人の部下と話し合っていた。コツには妻と息子、それと彼の両親が住んでいる。小間の父親は還暦に近い年だったが、剣の腕は衰えていない。可児の人形が動きを見せる中、自宅の心配をしないのは、父親が家を守ってくれるだろうという安心感のせいだろう。
「小間殿、上様はこの事をご存じなのでしょうか?」江津衆の若者の一人が尋ねる。
「上様はご病気だ。まだ知らせていないだろう」
「そうですか。これからどうなるのでしょうね。やはり相馬様が大老になられるのでしょうか?」
 三本槍の一人、日本号の相馬利直は、戦場で『漆黒の選定者』と呼ばれていた。刃先まで真っ黒の槍と、戦場で彼が選んだ道の全ての敵が殲滅させられるという理由から、誰がという事もなく、その二つ名がつけられた。山田浅右衛門、伊木種冬よりも武功をあげており、守護職として東の統制を行っている。
「さあな。そんな詮索はしないほうがいい。西には、堀田様のご子息の孫四郎様だっている。俺達は決まった事に従えばいい。それよりも、種冬様の事はどうだ? 何か気がついた事はあるか?」
「眼木札という呼び方ですが、種冬様が名付けたのですか? それとも可児の国の人間から聞きだしたのでしょうか?」
 部下の一人がそう言うと、小間の眉が上に動いた。願人坊も「眼木札」と言っていたのだ。
「種冬様がそう呼んでいた。俺も種冬様が名付けたと思っていたが、もしかすると、種冬様は可児の国の人間から聞き出したのかもしれない」
「小間殿は可児の人間と話はした事はありますか?」
「いや。ない」可児との戦は局所戦だった。人間と戦った事はなく、生き人形部隊との衝突を小間は経験した。
「種冬様は、以前から可児との接触があったという事が考えられます」
「あの、それと、堀田様の事を疑うのは、良くない事ですか?」
「かまわん。続けろ」小間も思う事があるのだろう。咎める姿勢を見せることなくそう言った。
「はい。堀田様は、守一様が人形に改造された事を知っていた節があるのです。今日の練兵館では、守一様の動きを確認していたようです。これは仕組まれた事ではないでしょうか?」
「うむ」小間は、言いたい事を我慢する顔つきで唸る。『人幻形』だと自らの事をそう呼んでいた、願人坊との戦いを思い出したのかもしれない。そして、それに果敢に挑んだ守一の事も。
「人形忠こと、忠三郎という人形師についてはどうだ? どうすれば手がかりを掴めるだろうか?」
「正直、わかりません。一応、豊菊という遊女の事も調べます。ただ、私は可児の国の事はよくわかりません。人形との戦闘は、小間殿の方がよく知っているのではないでしょうか」
「そうだな」小間春松が遠い目をして言う。三年も前の話だ。最後まで墜ちなかった、可児を治めていた武将が死んで、江津幕府は始まった。しかしながら、可児の君主を亡くなった後、可児は足を踏み入れる事が難しい場所になった。その地に踏み入れた者が、病にかかるのだ。
「願人坊は人形遣いの事も言っていた。糸を引いている人間が必ずいるはずだ」
「ところで、保管している金字塔を調べるのはどうでしょうか」若い衆の一人がそう言った。番屋に保管されているのは、昨夜の分を入れて四つ。二つは種冬が、もう二つを小間が人形を討ち取った後、綺麗な状態で取り出したのだ。
「調べる術がない。あれは毒だからな」
 金字塔の毒性は、鉛に入れると周囲の人間に届かない。それを発見したのは種冬だった。
「種冬様は私達を『斬りとうない』と言っていました。何か訳があって、堀田様を……」
「そうだな。だが、感情に左右されずに、真実を掴もう。今日はもう遅い。休もう」
「はい」
 小間の言葉に従い、若い衆はそれぞれの寝床へと帰って行った。

 外は暗い。この時間になると、誰も通らない。小間は刀を抱えて壁に寄りかかったまま座って眠る事にした。
 しばらく時間が経った頃、人の気配がして小間は目を覚ます。行燈の火は消えている。月明かりだけが頼りだ。目の前に一人の男がいた。黒い着物を着ていて、笠を被っていた。暗闇の中で白い歯が浮かび上がっているように見える。
「何者」小間は落ち着いた声でそう言った。
「起こしてもうたかの。すまんな」男は訛りのある口調で言う。
「相馬様?」
「あぁそうじゃ」
「こんな時間にどうしたのですか?」
「使いがワシんとこに来ての、一大事やと言うんじゃけえ、颯星を走らせてここまで来たんじゃ」
「そうだったのですか」颯星というのは、相馬利直の愛馬。大きな黒毛の馬で、一日に千里走ると言われている。
「それでな、詳しい事をこんなに聞こうと思っての、まず、ここに来たんじゃ。ほうじゃけん、こんな遅い時間になってもうた。迷惑かの?」相馬利直は、すまなさそうな顔をしていた。戦場では恐れられている利直だが、平常時はこんな調子だ。あるいは、どこか抜けている性格を演じているのかもしれない。
「いえ、気にしないでください」
「そうか。それなら良かったわ。それでな、どんな事がわかった?」
 小間春松は、自分が見た事をまず伝えた。特に種冬の事は言いにくそうで、現段階でわかった事と言うのは何一つもない事を報告した。
「なんじゃと!  種冬がのう……そりゃあ本当なんか?」
「はい」
「信じられん事じゃ。堀田様もまさか、種冬がそがな事をすると思っとらんかったやろな」
「はい」
「小間、こんなも辛い思いをしたの」
「いいんです。私は」小間春松は、自分よりも辛い思いをしながら戦ってきた者を知っている。そして、今、そんな思いを背負っている者も。
「浅右衛門は何と言っておったかの」
「種冬様の事を調べろとの事です」
「ほうか」利直は腕を組んで考え込む仕草をした。少しの間、沈黙の時間が流れ、しばらくしてから利直は口を開いた。
「小間、こんなに頼みがあるんじゃ」
「なんでしょうか?」
「こんならが願人坊を見つけた場所に今から案内せえ。確かめたい事があるんじゃけ」
「一体何をされるのでしょうか?」
「毒を調べる」
 小間は、相馬が何のことを言っているのか、よくわかっていないのか、何の返事もできないでいた。相馬利直は、馬鹿ではないが、説明を省略する癖がある。
「毒の耐性がこんなにはないじゃろ。案内だけしてくれたらええんじゃ」
「毒というのは、可児の毒の事ですか?」
「まぁ、そうじゃの。ワシは可児の国の向こう側で、毒について調べたんじゃ。耐性ちゅうもんがあるけんの、ワシは大丈夫じゃけぇ案内を頼む」
「わかりました」渋々といった様子だったが、小間は立ち上がり、提灯を用意して、番屋を出た。小間が先導して、颯星に乗った利直が後ろを歩く。上弦の月が、ぼんやり夜道を照らしていた。

一部おわり

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!