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肌寒さが忍び寄る空に、満月がこうこうと顔を出している。風はないのにやたらと冷え込んで、…
首を伸ばして、多賀はバックミラーを覗き込んだ。運転手の女を意識して、彼は自分の顔を確か…
深夜2時ごろ。赤坂でお客さんを乗せた。こんな時間まで仕事だったのだろうか?酒の匂いがしな…
雨が強くなってきたので、俺はワイパーのレバーをINTからLOへと下げた。 「結構降ってきたね…
物静かな痩せ方をしていた。しかしながら、骨と皮だけという印象ではない。年は老いているが…
雨で洗われた春の空は、紫がかっていた。それは薄い膜のようで、その下には真っ青な空が広が…
助手席にセオがいるだけで、気分が重くなるという事を俺は忘れていた。 「何か言いましたか?」 「いや」 俺が短く返事をすると、彼女は「ふんッ」と鼻息を鳴らしたような気がした。泥でお気に入りのシャツを汚されたような気分に俺がなるのは、彼女の性格が悪いという事ではない。彼女が同行するという状況が問題なのだ。とはいえ、こんな状況でなくとも、セオと俺は冗談を言い合えるような間柄ではないのは本当の事だ。 誰しもが綺麗に死なない。死に方に美しさを求めるわけではないが、綺麗な死
人に酔うというのは、都会に眩暈する事だと俺は思う。駅前の交差点は一秒たりとも風景がじっ…
後部座席のお客さんは、無口ではあるが、無愛想という訳ではなかった。バックミラーを見る限…
「日本語って『手』という文字を使った言葉が多いですよね」 お客さんが流暢な日本語でそ…
傘の柄を連想させるような、腰の曲がり具合だった。前かがみの姿勢のまま立っているという感…
「私の方が謝りたかったんです」 お客さんは言葉をためるように、口をもぐもぐさせて話し…
俺は、自分の感情を戒めるような表情をしていたと思う。それは、後ろにいるお客さんが原因だ…
「都会にいたほうが孤独でした」 そのお客さんがそう言った後、俺はバックミラーを見た。彼は左の方へと視線を移していった。それから、その視線をゆっくりと右へ戻した。カーブを曲がっていたわけではない。それに、見渡すような風景でもない。同じようなビルが、立ち並んでいるだけの景色だった。その行動一つだけで、空気が変わったような気がして、俺は息苦しくなった。その空気は蜂蜜をこぼしたような、ベタベタする感じだった。 「窓、開けてもいいでしょうか?」 俺ではなく、お客さんがそう言った。空