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#極短編小説

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2022年7月の記事一覧

そんな「いいこと」は伝わらない

そんな「いいこと」は伝わらない

 俺はわざと咳をして、レジの前に立った。緊張している訳ではないが「いいこと」をする前に、俺は咳をする。
「あの。袋はいりません」
 聞かれる前に、そう告げる事が、俺の中の「いいこと」だ。俺が言わなくても、店員の方から聞いてくるのだが、その手間を省いてやったという意味の「いいこと」だ。
 あと、レジ袋を「いらない」と言うのは環境に配慮しているようにも聞こえる。しかしながら、なぜか店員は首を傾げた。

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三千円の半分

三千円の半分

 健一は、ダイニングで缶ビールを飲んでいた。私はというと、サブスクで海外ドラマを見ていたが、そろそろ寝ようと思い、リモコンを手にした。
「なぁ。俺が買った宝くじが当たったらどうする?」
 唐突な質問が、健一の退屈しのぎに聞こえた。冷房がききすぎて、少し寒気がした。私の頬や、むき出しの腕が、冷たく乾燥しているのがわかった。
「宝くじ?」寒さを感じた私は、ベランダのガラス戸を少し開けた。
「あぁ。当た

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理想かどうか

理想かどうか

 リビングにいるのに、夫は腕時計をしていた。彼はそれを見た後、携帯電話を取り出して、すばやく指を動かしはじめた。その光景を、私はじっと眺めていた訳ではなかった。ただ、ほっそりした身体つきの夫が、なんとなく遠い存在のような気がした。
「私ってあなたの理想?」
 ふとした安心を私は得たかった。
「理想よりもはるかに上だよ」
 夫は戸惑うことなく、私の質問に、荘厳な態度で答えた。眩暈に似たものを私は覚え

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