【無料】小説『またあした1』~ユーモア・ミステリー~|第2回|
「ここんとこ、笑ってないなあ」
というあなたに!
ユーモア小説 ケンちゃんシリーズ『またあした』を週1回ぐらいのペースで10週ほど連載します 第1回はこちら
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超・一人称小説『おしゃべり任侠 またあした』第一巻
【なッ アッタマいいだろ】連載第2回
あッ、ごめん。
あの話だったよな、マスター。
そもそもさ。あれは、そん年のお盆明け。
オレが中津川から戻って、すぐの頃かな。
高校野球の中継をテレビで見ながら、事務所の応接の横にある六畳間にいたんだ。いつものように、新藤さんとふたりで将棋を指しながらね。
そしたら、そこへカシラ、うん、服部さんがやってきた。濃紺の地にピンストライプのスーツって、まるで銀行の支店長みたいな恰好してな。
ふたりとも、すぐに立ち上がって。
「お疲れ様ッス」って最敬礼。
「よお、オヤッさんは?」
「四日市で、大府の叔父貴とゴルフです」
そしたら、応接のソファーに腰を下ろして、「いつもの」って言うわけ。
カシラの「いつもの」は、夏の暑いときは麦茶。寒い日には緑茶。ほかの幹部と違って、えらくヘルシーなんだよ。
で、その日はクソ暑かったから、おしぼりと冷たい麦茶を出して。応接間のエアコンの温度をすこし下げてから、六畳間へ引き下がって続きを指した。もちろんオレの負けだよ。
「ケンちゃんさ、攻めっ気だけじゃ勝てないぜ。勝負に勝つには、もうすこし我慢しないとな」
そう新藤さんが、言うわけ。
「いいか、王将をトルためには金が邪魔だ。で、金を動かすには、その横の銀を、まずなんとかしなきゃ。一気に攻めようたって、相手も準備してるわけだからな」
まいかい新藤さんは、おんなじことを繰り返すんだ。
「一枚いちまい、相手の守りを根気強く剥がしていくんだ」って。
そんな話をしてたら、いきなり服部さんが六畳間にやってきた。
「おい、新藤。ちょっと相談がある」
もう、ビックリしてさ。
六畳間なんて、楽屋裏みたいなもんで。そもそも、若頭が入ってくるような場所じゃないんだよ。それに若頭がヒラの組員を相手に、話だったらまだ分かるけど「相談」って何事だよって。
新藤さんも、呆気にとられたような顔してた。
「ちょっと顔ぉ貸してくれ」
服部さんに、せかすように言われて。ようやく、ハイッて立ち上がって出ていった。
そうとうヤバイ話だろうな、とは思ったけど。一体どんな話なのか、まるっきり見当がつかない。
しかも、その日を境に新藤さんは、ぱったりと姿を見せなくなった。
ノミ屋をやってたから、レースのある土日は来ないことが多かったけど。それ以外の日は、しょっちゅう事務所に来てたのにさ。
いや、心配したよ。
その後も服部さんは、事務所にちょくちょく来るんだ。でも、オレみたいな下っ端がカシラにじかに訊くわけにもいかねえじゃん。だろッ、マスター。
そうこうしてるうちに、八月も末になって。
オレは、いつものように、鉄でつくったでっかい檻からブチを連れ出した。
門を出て、散歩させはじめたところで。
「ケンちゃん」
いきなり、後ろから声を掛けられた。
聞き慣れない声だし無視して、まっすぐ前を見て歩いていると。
「おいッ。アサイ」って呼びやがる。
浅井って書くけど、読みはアサイじゃない。アザイなんだな。そんなことは、オレのツレならみんな知ってる。
だからさ。まっすぐに歩きながら、ははあと思った。
っていうのは、三河戦争で瀬戸の兄さんや大府の叔父貴たちが派手に暴れはじめたころから、うちの事務所と裏の本家の前にパトカーが二十四時間張り付くようになった。
その中には、目つきの悪いマル暴のデカが二、三人乗ってて。カメラ持って、いつもこっちを窺ってる。なんか勝手に撮ったり、メモしたりしてるわけよ。
たぶん、そいつらのひとりだろうと思って、チラッと振り返ったら。案の定、部屋住みの仲間内で「チビ太」って呼んでる背の低い赤ら顔のデカだった。
「おい、アサイ。今日も犬の散歩か、ご苦労なこったな」
さもバカにした感じなんだな。
「見りゃ分かるでしょ、何か」
そっぽ向いてやった。
「最近、新藤を見ないが、どこへ行ったか、お前知らないか」
初対面で、いきなりお前呼ばわりよ。
「さあ、知りませんけど」
どんどん歩いてったら、短い脚で蟹みたいに横歩きしながら、追っかけてきて。
「そんなわけないだろ」ってしつこく絡んでくる。
こんな奴の相手をしてると、つい余計なことを喋っちゃいそうでヤバイ。
「今池のネエさんにでも、訊いてくださいよ」
「そんなことは、とっくにやった。でもな、あの女も知らないって言いやがるんだ。薄情なもんだよなヤクザのスケなんてよ」
そうヌカしやがった。
「ネエさんが知らないんじゃ、どっか別の街に流れてったんじゃないッスか」
横断歩道で左右をたしかめるフリしながら、トボケてやった。
「どこの街だ」
あんまりしつこいから、面倒になって。
「だから、ホント知らないんですよ」
そしたら、チビ太の野郎。
「そんなハズはない。お前は、いつも新出来町の定食屋で、新藤に味噌カツをおごってもらってたじゃないか」
それ聞いて、もうカッチーンと来た。
知らないあいだに、ひとのことをコソコソ尾けまわしやがって。なんだ、こいつって。
「失礼ですが、どちらさんですか」
そう言ってやった。
するとチビ太の顔が、まるで腐りかけのトマトみたいに真っ赤になって。大声で怒鳴り出した。
「てめえ、俺のことも知らねえのかッ」
知るかよチビ、ってかんじで、すたすた大股で歩いていると。
「俺はなあ、マル暴の虎って言われてる加藤だッ」
オレの方にツバ飛ばしながら、横歩きして追ってくるんだ。
「貴様よく覚えとけッ!!」
大声でわめいて、戻っていきやがった。
その後姿をニヤニヤ眺めながら、ひょいと顔をあげたら。
うちの事務所の二階の窓からヒロシとカズキが顔を突き出してる。ふたりとも大口あけて笑ってんだ。
チビ太の奴が、それに気づいて、またカンカンに怒ってさ。あいつらに向かって短い腕を振り回しながら怒鳴ってんのよ。
もう可笑しくって。笑いすぎて、腹が痛くってさ。
で も、チビ太の話だと、新藤さんの居所は今池のネエさんも知らないってことだろ。まあ、たとえ知ってたとしても、言うわけねえけどな。
新藤さんのことは心配だし、気にはなってたけど、下っ端じゃどうしようもないし。
それに、ちょうどそのころオレは、千種駅のそばの『リリー』って喫茶店に通いはじめてて。ウエイトレスのトモちゃんに夢中だったしさ。
リリーって店のウリは、カレーとトモちゃん、なッ。母娘でやってて、ママの方はドラム缶みたいな体型で、おまけに顔は鬼瓦。
だけど、娘のトモちゃんは、なぜかスラッと背が高くて髪も長くてさ。八重歯で、しかも笑うと笑窪ができて。
これがさ、マスター。また可愛いんだ。
母親とは、まるっきり似てなくて。このふたり本当に親子かよ、ってぐらい違う。
リリーじゃ、いつも甘口のカレーにゆで卵のトッピング、それにブレンドコーヒーがオレのデフォルト。
で、カレーと珈琲はママの担当だから、鬼瓦はいつもカウンターの中。娘のトモちゃんはカウンターのいちばん端、レジ前が定位置。
そのトモちゃんが目当てで通っているわけだから、とうぜんオレは、できるだけレジに近い席に座る。で、毎日トモちゃんを口説いてたわけ。
「東京ディズニーランドに一緒に行かない」とかね。
うん?
オレたちだって、ディズニーランドぐらいは行くよ。まして、相手は素人の女の子なんだし。
でも、東京まで日帰りは厳しいし。すぐそばで鬼瓦も聞いてるし。さすがに、いきなりお泊りは無理ってかんじ。
だけどトモちゃんだって、口説かれてるのが、まんざらでもないって様子でさ。
「横浜は、どう」
「暑いから、どっか涼しいとこに行きたいな」
「じゃ、海に行かない」なんてね。
なんだかんだと話してて。
「浜名湖あたりまでだったら、いいけど」
その返事を聞いて、思わずオレは小さくガッツポーズ。
でも、ドライブとなるとクルマが要る。ところが、オレは自分のクルマを持ってないから、なんとかしなきゃいけない。レンタカーって手もあるけどカッコ悪いし。かといって、クルマ買うだけのカネはないしさ。
それが、悩みのタネだったのよ。
リリーって店は喫茶店だけど、カレーがウリだからさ。四種類もあるんだ。甘口、中辛、辛口、激辛ってね。
でも、マスターも知ってるだろ。オレは辛いのは苦手でさ。だから、いつも甘口カレー。
それが、トモちゃんとドライブの話をして、すこしして行ったら。出てきたカレーがいつもより辛いのよ。
その日は、鬼瓦が甘口と間違えて、中辛のルーをかけちゃったのかなと思って食った。
ところがさ。つぎの日行くと、もっと辛いんだ。
こんどは正真正銘、ガチの辛口カレー。
「このカレー、辛いんだけどッ」
鬼瓦に文句をつけたら。
「うちのカレーは、辛いでね」
そうヌカすんだ。おまけにだよ。
「いやだったら、よその店へ行ったらええがね」って追い討ちをかけてきやがる。
オレは、もちろんよそへは行きたくない。だからトモちゃんに、お冷のおかわりを注いでもらって、じっとガマンするしかない。
そう。鬼瓦と違って、トモちゃんは優しいんだ。
つぎの日には、もっと辛くなって。もう完全に激辛カレー。
そんなもん食うと、口の中がカッカしてきて、マジで火を噴きそう。こめかみや額から汗がでてきて、耳の中でキーンって金属音が鳴りっぱなし。
一拍おいて、頭から肩、それに膝までぷるぷるしてくる。
なんかさあ、甘いとか辛いとかってレベルじゃなくって。もう、体調が悪くなるぐらいのシロモノなんだよ。さすがに、ヒ素は入れてないと思うけど、一瞬そう疑いたくなるほどのインパクトがあった。
オレだって、バカじゃないからさ。そこまでされりゃあ、鬼瓦がわざとやってることぐらい分かる。
だから、つぎの日は、新出来町に寄ってからリリーに行った。定食屋で味噌カツ食ってね。
なッ、アッタマいいだろ。
こっちがカレーを頼まなきゃ、鬼瓦だって出番がない。
どうよ、マスター、パーフェクトだろ。
そんで、珈琲を飲みながら余裕でトモちゃんを口説いていたわけ。へっへっへっ。
カウンターの中から鬼瓦が睨んでたけどな。まあ、その日はオレの完勝。
つぎの日も同じ手で、余裕かまして行ってみると。
いつもオレが座っていたレジ横の椅子が、どこへ持ってったのかなくなってて。しかも、その席の前のカウンターに、でっかいサボテンの鉢がドーンと置いてあんのよ。
仕方ねえから、長くて尖んがった棘だらけのバカでかいサボテンのすぐ隣に座ったんだけど。レジ前のトモちゃんのポジションとは、ビミョーに距離があいちゃうだろ。
何だよこれって思いながら、ふと見たら。カウンターの中で、いつもは立ってる鬼瓦が、座ったままオレを見て、ニヤニヤ笑ってやがるのよ。
よく見ると、きのうまでオレが座ってた椅子なんだな。
「なんで、こんなでっかい鉢、カウンターに置いてあんの」
アッタマきて、トモちゃんに訊いたら。
「悪い虫がつくと、いかんでしょう」
カウンターの中から鬼瓦が、そうヌカしやがった。
オレは虫かよ。
なッ、マスター、ひっでえだろ。
まっ、そのころのオレは、事務所の仕事のほかに鬼瓦とのバトルも忙しくてさ。あと、何とかカネをつくって早くクルマ買って、トモちゃんとドライブ行きたいってことで、頭んなかはいっぱいだったのよ。
(つづく)
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