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昼行燈の経済論

【9130文字】

昼行燈とはよく言ったもので
間口の狭い店の脇に赤ちょうちんが
風に吹かれて暇そうにぶらぶらと揺れている
果たして明かりは灯っているのか
この晴天の昼過ぎには分からない

暖簾が出されてるところを見れば
どうやら昼の2時でも開けてる店の様だ
高架線の方から熊五郎はいつものように
肩をすぼめ申し訳なさそうにやって来て
恐る恐る暖簾を両手で分けると
その奥の引き戸をそっと開けて入って行く

店の中に入ると右手に6席程度のカウンター
左に4人席のテーブルが3つ並んでいる
客はおらず知らなければ仕込み中とも思えたが
熊五郎は肩をすぼめたまま
カウンターの一番奥の席に座った
作業中の店主が手元から目を離さず
「へいらっしゃ~い」と慣れた様子だ
どうやら営業中らしい

「今日も随分と寒いね」

熊五郎は両手をさすりながら
メニューをのぞき込んで独り言のようにつぶやく

「今夜は雪になるって言ってますね」
「あそう、じゃあ早い所酔っぱらわないとね
 んじゃ芋の湯割りで」
「あいよ」

熊五郎は頭上のテレビをちょいと見上げたが
芸能人の話題はつまらなかったらしく
後ろの4人席に置いてあった新聞を手に取った
1面を見て渋い顔をしてみせる

「あいよ芋湯割りお待ち!」

熊五郎はカウンターの中から差し出された
湯気の立つコップを
待ってましたと空中で向かい受け
そのまま口へと運んだ
ふぅと生き返った様子でため息をつき
そして再び新聞に目を落とす
再び渋い表情になる

「なんです、何か嫌な事でも書いてありましたか」
「いやね、ホントにお上っていうのは
 分かってるんだか何だかと思ってね」
「へぇそりゃなんでしょう」
「全部反対の事をしてるんだよね
 日銀が金融を引き締めて
 自民与党が消費税を上げるとか言ってたら
 庶民の懐は干上がる一方でしょ」

仕込みがひと段落したのか
カウンターの中に腰かけた大将は
いっぷく火をつけながら言う

「ほう、そんなもんですか」
「え?大将、商売やってるんだから
 もう少しそういうの気にした方がいいですよ
 国民ももっと賢くならないと」
「でもそれって経済の話でしょ?
 アッシゃそういうのはさっぱりで」
「経済とか金融とかいうからややこしく思っちゃう
 もっと楽~に簡単に解釈すりゃいいんですよ」
「とか言ってやっぱり難しいんでしょ?」
「そりゃ学者ほど考えたら別だけど
 大筋ぐらいは誰だって簡単に理解できると思いますよ」
「そうですかねぇ」
「じゃないとお上のいいカモになっちゃう
 ちゃんと知った上でいいものはいい
 ダメなものはダメ!って言えないとね」
「でもほら毎晩ニュースで
 トピックとか為替とか言ってる
 あれでしょ?」
「いやあれはちょっと違うんだな
 ん~違うって言うか・・」
「アッシはあれ何の話をしてんだかさっぱりで」
「ん~、じゃあこうしましょ!
 どうせほかにお客さんも居ないんで
 私がこれから分かりやすく説明します
 こうやって立派に商売してるんですから
 大将も少しゃあ分かってた方がいい」
「えぇ~?アッシに分かりやすかね
 仕込みしながらですけど」
「大丈夫です
 手を動かしながら耳だけ貸してください」

そう言いながらいつの間にか明けたコップを
カウンターの上に差しだした

「まぁそれだったら」

前掛けで手を拭いてコップを受け取りながら
少し迷惑な表情が隠し切れなかった大将だったが
貴重な酔客のお相手も商売の内と諦めたようだ

「まずはお金ですね
 お金って最初何処から出て来るか知ってます?」
「そりゃ日銀が印刷してんでしょ?
 そのくらいアッシでも知ってますがな」
「そうです日銀が政府に頼まれて刷ってます
 お金ってのはつまり国が発行してるわけで
 最初は政府がお札刷って
 これは10,000円の価値がある紙です
 ってやる訳ですね」
「お金の最初かぁ
 そういやぁそこんとこあまり考えた事なかったなぁ」
「でしょ?最初に刷って世に出した分だけが
 世の中に出回っている金額ってわけです」
「ほう、なるほど」
「でも今はまだ日銀からお金をもらった状態で
 政府の手元にあります
 とりあえずその中から公務員の人件費を出しましょう」
「そりゃそうだ」
「でももっともっと世にお金を廻さなきゃいけません
 なので政府は民間から何かを買ってお金を世に廻します」
「タダでくれる訳にはいかんですしな」
「そう、その為に巨大な橋をかけたり
 線路を遠くまで通したり、
 全国の道路を整備したりする訳ですね」
「公共工事ってやつだ」
「はいその通り
 しかしそれだとお金が工事関係者にしか
 すぐには行き渡らないでしょ?
 だから政府は他に国債を買ってもらう訳です」
「ほら、なんか難しい単語出て来たよ」
「難しくなんかないですって
 国債って響きが小難しそうだけど
 つまり借金 国の借金なんですね」
「国債って国の借金?」
「そうです。
 個人や企業も国債を買う事が出来ますが
 今はまだお金が世間に出回ってない想定ですから
 日銀から国債という形で借金して
 その借金分のお札を刷ってもらう訳ですね」
「政府が日銀に借金?」
「そうです、例えば日銀が100億円の国債を買うよ!
 って言ったら政府は100億円分の国債
 つまり借用書を日銀に渡します
 引き換えに政府は現金で100億円
 日銀からもらわなくちゃいけませんよね
 なので100億円分を日銀に印刷してもらうのです」
「なんだかウルトラC的なやり方だな」
「大将、その感覚は大正解で
 今も日銀の借金をどう考えるか正解がない状態です
 まぁ今日の所はそれは置いといて・・」
「確かに迷宮ぽいなぁ」
「いやいや、次はウルトラD難度ですよ
 さ、借金して刷り上がったお金が今政府の手元にあります
 そしてそのお札を今度は政府が日銀にお願いして
 全国の銀行に当てる訳です
 全国の銀行は全国の借りたい人にその現金を貸して
 借りた人は商売に必要な何かを買ったり
 人件費に使ったりする訳です」
「確かにアッシもこの店始める時
 銀行から開店資金を借りたな」

熊五郎は空いたコップを大将に再び差し出した
返事用のテンションで大将が返えす

「あいよ!」
「ちょっとこの銀行のくだりは分かりにくいでしょうけど
 借りたい方から考えると分かり易いかな」
「えと、例えば開店資金とか?」
「そう、借りたい人が銀行に行くでしょ?
 銀行は貸す金がないといけませんから
 銀行の親玉の日銀に
 貸す当てがあるので現金を頂戴って言う訳ですね」
「それで日銀から金が出て来るわけ?」
「そうです、
 だって政府からお願いされてる訳ですから
 実際の貸付金の3倍ほどを調達できるシステムです
 あ、おかわりを宜しく」
「同じものでいい?
 いや、知らなかったなぁ」
「でしょ?
 でもそうやってお金が庶民にまで行き渡り
 お金はやっと天下の廻り物になるってわけですね」

コップ片手に大将は少し奥まったところへ入って行く

「廻って行きはしても、コッチに来るこたぁないけどね」

その奥まった所からハハハッと声が上がる
熊五郎は少し声を張ってやる

「そうでしょう、そうでしょう!
 大将の言う通り
 ま、その件については後回し
 まずお金の最初は政府が借金をして作るんだってこと
 ここがポイントですよ」
「しかし最初ってのを考えた事なかったなぁ
 ほいお待ち!」

カウンター越しに芋の湯割りが手渡される

「ハイどーも
 つまり国の借金てのはね
 我々庶民の借金とは
 まったく種類が違うって訳なんですよ」

そう言うと待ちきれない様子で一口すする
熱めの液体がゴクリと喉を通り過ぎた途端
間髪なく熊五郎は話を続ける

「むしろその価値が下がらない程度なら
 国はどんどん国債で借金して
 どんどん世に金を送り出した方が
 お金は隅々まで洗い流すように廻って
 それはつまり
 景気がいいっ!て事になるってわけなんだよね」
「なるほど
 景気がいいってことは
 つまり金が廻ってるってことか」
「そういう事
 まぁしかしあまりお札を印刷しちゃうと
 インフレを起こしちゃうから
 そこだけは注意しないといかんのだけど」
「出た!インフレ
 良く聞く言葉だけど実はアッシ
 意味分かってねぇんですよ」

熊五郎はカウンターの端に置いてあった
恐らく大将の吸いくさしだろう煙草に目を付けた
丁度いいとばかりにそれを指さしながら話し出す

「例えばよ
 ここに大将が吸ってるタバコが10本あるとしましょう
 これがもうどこのタバコ屋にも売ってないとしたら
 これを吸ってる他の人もこれを欲しがるでしょ?」
「でしょうね」
「大将が今これを1本いくらで吸ってるか知らないけど
 他の誰かが1本100円で買うと言って来たらどうする?」
「もうどこに行っても買えねぇんでしょ?
 そうねアッシなら1本200円とかで売っちまうかな
 それともじっくりちびちびと一人で味わうかな」
「ハハッ、でしょ?じゃあ逆に
 どこのタバコ屋に行ってもこれしか売ってない
 つまりこのタバコばっかりが街中溢れかえってるとしたら
 1本200円で買う?」
「んなバカな、1本10円でも高いでしょ」
「それ!つまりこのタバコの価値が下がった訳です
 モノってのはあまり世の中に溢れちゃうと
 飽きられて価値が下がっちゃうって事
 これがお金にも起こるって訳ですよ
 その価値が下がる状態をインフレっていうの」
「無茶苦茶分かりやすいな!」
「そう、だから政府はインフレに気をつけながら
 どんどん借金して
 ギリギリまで世に金を廻せばいいのよ」
「何でそうしないんだ?政府は」
「ちょい待ち!
 なんかつまみたくなった」
「あ、まだ焼酎以外注文聞いてなかったすね」
「えと~串焼きのシイタケと厚揚げ」
「あいよ!串シイタケ、焼き厚揚げ!」
「んで原因は二つの内のどっちかなんだけど」
「何の原因ですかい?」
「いや大将、頼むよ
 政府がインフレギリギリまで金を廻さない理由よ」
「おぉそうでしたわ
 んでお上はなんでどんどん金を廻さないんで?」
「理由は二つ
 一つ目は
 政府はどんどん金を出してはいるものの
 預金や企業の滞留金で吸収されてしまっているという事
 二つ目は
 政治家がバカだから」
「バカだからって言っちまったら元も子もねぇなハハ」
「まず一つ目だけどね
 これは現実にもう起こっている事で
 バブル期も含め現在が一番滞留額が大きいとされてる
 要するに日本中で使われずに
 ただ溜まってるだけの金が溢れてるって事」
「もったいないねぇ
 うちへ来てパァ~っと使って欲しいよね」
「確かに今景気が悪いからね
 みんな手元に現金を持っておきたいのよ
 そりゃ気持ちは個人も企業も一緒よね」
「確かに」
「まぁそう思う気持ちは分かるけど
 この滞留金が悪循環を起こしちゃうんだよね」
「コイツのせいで世の中の金が廻らなくなっていると?」
「そう、廻らない、澱んでるってこと
 現在日本政府の借金はザっと1,000兆円ほどね」
「せ、1,000兆円!??」
「つまり政府はこれまでに1,000兆円は世に出したわけ
 それでも景気が上がってこないのは
 誰かが大金を握りしめて離さないって証拠」
「それでアッシの所に廻って来ねぇんだな」
「お金はマグロと一緒ですわ」
「あら唐突に?」
「止まっちゃうと死んじゃうのね
 金は動いてなんぼ
 止まってる金は経済に全く意味を成さない
 死んでるに等しいってわけ」
「なるほど、上手いこと言うね」
「だいぶん見えて来たんじゃないの?大将」

肘をついた手でふらふらとグラスを持って
もう片方の手で大将を指さすが
指す方向がどうにも定まらない
定まらない指が差し出された皿をそのまま引き受ける

「へいお待ち、串シイタケと焼き厚揚げね
 へっへっへ、
 だとしてもどうしたらいいかが分かんねんですけど」
「政府はその滞留しちまってる金を
 どうにかして回収したいと思っちゃってる訳さ
 この滞留金が諸悪の根源だと思い込んでる訳」

串をつまみ目の高さまで持ち上げる
少し焦点の合わない視線で
シイタケの上で踊る鰹節を見ている

「違うんですかい?そんな感じにアッシも思ってたけど」
「いあや違わないんだけど、違う!
 政府のやり方が一辺倒過ぎて頭悪すぎなんだよね」

そう言うとカプリと一口でシイタケに食らいついた

「ほう、やり方ね」
「政府が国民から金を徴収するって言ったら
 ほら、方法があるでしょ?国民から徴収」
「政府が国民からって言うと
 税金しか思いつかねぇですが」
「そう正解!
 だからあのバカ政府は今
 財源確保とか言いながら
 何とかして現金回収しようとして
 消費税やらなんやら上げようとしてるんだよね」
「えと、それじゃまずいんでしたっけ?」
「ありゃりゃ、大丈夫?大将
 こんなに景気が冷え切ってるときにさ
 消費税なんて上げられた日にゃ
 益々みんなお金握りしめちゃってさ
 ここに来たくってもさ、我慢しようってなるでしょ?」
「あぁあ、そうか・・」
「それに消費税上げられてうれしい奴なんて居ねぇでしょ?」
「じゃあどうやって溜め込まれた金を引っ張り出しましょう?」
「簡~単、景気を良くすりゃいいだけ
 北風と太陽!」
「北風と太陽?」
「そう、
 無理やり引っぺがすんじゃなく
 自ら喜んで払ってもらうのよ
 景気が良くなりゃそういうヤツらは投資を始める
 この景気なら投資したお金はきっと増えて帰って来る
 って連中は考える訳よ
 そうすれば溜め込んでいた金はどんどん世に廻り始める」
「ほう、なんかメビウスの輪っぽいな」
「大将、そういう言葉は知ってるわけね?
 ・・まいいや
 景気を良くするために景気を良くする
 って確かに変でしょ?」
「変ですわ」
「さっき税金が上がったら皆お金を握りしめる
 って言ったでしょ?
 大将だってそうするでしょ?」
「はいはい、それには大いに同意です」
「だったら税金は上げない方がいいし
 なんなら減税してもいいって訳」
「ほう、それはありがたい」
「たとえばね数年限定で消費税がさぁ
 減ったりとか無くなったりするって聞いたら
 ラッキーだと思うでしょ?」
「限定ならその間に何か買っちゃうかもね
 特に大きなものね
 車とか・・
 家なんか建てたい人にはかなりのチャンス
 我慢してたチョイ贅沢旅行なんかもいいですな」
「そうそう、みんなそう考えるでしょ?
 そうやってみんながお金を廻す
 お金が廻らなきゃ景気は上がらないんだから
 それでもっと政府はお金を世に廻さなきゃいかん
 つまり国債をインフレギリギリまでやれってこと」
「そうしたらアッシの所にも廻って来ますかね」
「そうしないより圧倒的に廻って来やすくなるでしょう」
「おお、なら是非そうしてもらいてぇな!」
「でしょ?」

飲み干したコップをカウンターに突き出して
熊五郎は梅割りにしてくれと注文した
大将は「あいよッ!」と軽快に答えて
コップを持ってまた奥まった場所へ行った
熊五郎は再び少し声を張って話し始めた

「じゃあね、ちょっと小難しいこと話しちゃうよ
 いいですか~?」
「あいよ!やってください!」

大将も注文を受ける勢いで声を張った

「アメリカやイギリスのインフレ率は7%とか8%でね
 今あっちじゃ日本なんかより好景気な訳
 確かに物価も上がってるんだけど
 給料も同時に上がてっからね
 実質日本よりイケイケなわけ
 で、日本のインフレ率って2%程度よ
 つーことは、まだまだ3~4倍はイケるって訳ね
 もっともっと日本政府は金を刷って廻せるのよ」
「え~~~!なんで政府はそうしないんだ!」

大将は片手に梅の入った芋湯割りを持って
ちょっとわざとらしい驚きの表情を作って奥から現れた
熊五郎は親鳥のえさが待ちきれない小鳥の様に
梅芋湯割りを受け取ろうと手を伸ばしている
こちらは芝居ではない
話を続けた

「それは政治家の票欲しさと硬い頭がそうさせている訳
 『国の借金!』って言うとさ
 国民感覚としては
 『借金⁈そりゃイカン!なんとしろ!』
 ってなるでしょ?
 でもねさっき言ったみたいにさ
 国の借金と個人や企業の借金とでは
 全くもって別物なんだわ
 そこんところがほとんどの人が分かってねぇんだね
 ところが『アイツは借金する政治家』
 ってレッテル貼られちゃうとさ
 こいつに未来の日本は任せられねえ!てんで
 票が集まらないから言わないし、やらない
 それを知ってて言わない、やらない政治家ならまだマシで
 政治家なのに本気で『借金はイカン!』って
 心の底から言っちゃってるバカ政治家も多い訳ね
 ウチらはそんなバカに1票入れちまってる訳よ
 それで景気が良くないのなんの言ってるんだからさ
 ホント国民もどうかしちまってるよね!
 あとハムエッグ焼いとくれ!
 継ぎ足しでおかわりも!」

と言いながら熊五郎はふやけた梅が入ったコップを突き出す
大将はだいぶん酔って来た熊五郎の様子を見て
そろそろ沈没する頃かななどと考えていた

「あいよ!ホントそりゃどうしようもねぇな」
「中にはよ他国の債務残高表、あ、つまり借金グラフね
 それを見せて
 『ほら、日本がダントツだからもうこれ以上はやめとけ』
 て言うヤツも居る」
「ダントツなの?」
「そのグラフじゃダントツに違いない
 でもね、それにはからくりがある訳
 ね?さっきも言ったけどさ
 日本の借金は1,000兆円を超えてんのね
 そのグラフにもそう書いてある
 でもねその半分は日銀の国債なんだから
 つまり日銀からの借金なんだから」
「ええ!そうなの?
 えっと、半分ってことは日銀から500兆円!?」
「そう500兆円以上
 でもさ、よ~く考えてみ?
 日銀ってさ民間経営じゃないっしょ?
 あれってさ、いわば政府の出先機関っしょ?
 この500兆円の借金と利子って日銀に返す
 って名目なんだけど
 コレ返す意味ある??」
「いやぁそりゃあ借りたもんは返さにゃ」
「ほんとにそう思う?
 ん~っとじゃあ、分かりやすく例えるからさ
 考えてみてよ
 大将の右手から左手にお金を動かすよ?
 これって左手が右手から借金したの?
 どう?
 じゃあ次ね?
 今度は僕の手から大将の手にお金を動かすよ?
 こりゃまごう事なく借金よ
 でしょ?
 自分の手から手は借金?
 それって借金じゃないっしょ⁈
 日銀と政府は同体っしょ!!
 日銀の国債はつまり実質借金じゃないってことだから
 日本政府が本来返さなきゃならない借金は
 半分だけってわけ
 するってえとこの借金グラフも全く説得力無し!
 無し!無し!」
「ほう、なんか狐につままれたような」
「それを未だに鬼の首を取った様にさ
 日本は借金大国だのなんだのって
 もういい加減に国民も政治家も
 そろそろ目を覚まさなきゃいかんっしょホント ヒック!」
「はいよハムエッグお待ち!
 するってえとつまり熊さんね?
 景気をこうグッと良くするにはさぁ
 政府はもっと日銀から国債買って
 お金を世の中に送り出して
 増税どころか減税すればいいってことかい?」
「お?だいぶん分って来たね
 お金は世に廻れば廻るほど景気は上がる
 これは自由市場の資本主義原理の
 基本中の基本!
 今不景気だってことは
 お金が世に廻ってないっちゅう証拠よ
 色んな手を使ってどんどん金を送り出す事ヨ
 ヒック・・
 ちょっと前にさ
 みんな10万円もらったっしょ?」
「ほいほい、コロナの給付金ね
 ありゃ助かったね~」
「あれってさ、どうした?
 なんか買ったかい?」
「いやぁこんな話の後で面目ねぇんだけど
 実は貯金しちまってるよ」
「だろ!だろだろ!
 そうなんだよ
 ほとんどのヤツぁ貯金しちゃってるはずなんだよ」
「申し訳ねぇっす」
「いや、当然さ
 急にさ、一人10万円やる!って言われたら
 そりゃこんなご時世の臨時収入だからさ
 いざという時用に溜めとこうってなるよ
 当然さ!
 問題はだな、その感覚が政治家に無いって事さ
 ヤツらは基本的にそんな10万ぽっちのハシタ金は
 もうほんとにいらねぇって言う様な大金持ちだからよ
 オレらのような貧乏人の気持ちなんて分かりゃしねぇんだ
 だからこの10万をありがてぇと思って受け取れや!
 って感覚なのよ
 ん~、そうじゃなきゃ
 これで次回も1票宜しくってつもりなのか知らねぇけど
 言っちまえば本気で給付しようってな気はねぇわけさ
 おかわり!」
「おいおいだいぶ熱くなってきたね、大丈夫かい?」
「いいからおかわり!
 ちげぇんだよ、そうじゃねぇんだ
 オレが言いてぇのはよ
 アメリカを見ろってんだ
 あの当時アメリカはあのトランプが大統領よ
 オレの大っ嫌いなトランプよ!
 しかしなあヤツと今のバイデンの爺さんはよ
 一人15万円を国民に3回も給付してんだよ
 最初の1回目は日本と同じよ
 アメリカ人もみんな貯金に回した
 ところが2回目3回目となると
 もうこれはラッキーとばかりに
 みんな使い始めたわけさ
 そこんところの庶民感覚がよ
 日米の政治家さんとの違いってわけさ
 実際にアメリカはこれがいい経済刺激になってよ
 GDPを持ち上げたんだからな
 もっともっと給付するべきだったんだよ日本
 いや今からでも遅くねぇだろ
 どんどん給付しろや
 毎月でもいいぞ
 よし消費するぞ!
 消費してやる!
 おかわり!」
「熊さん、熊さんよ、
 ちょっと休みな
 景気の仕組みは良く分かったからさ」
「ん~にゃっ!おかわり!」
「いやぁちょっと休んでからさ
 それからまた聞かせておくれよね
 ね?
 ん?
 熊さん?
 あれ?熊さん?
 なんだよ寝ちまったのかよ
 酒弱いのにさ
 もう少しゆっくり飲みゃいいのにね
 せっかくいいこと言ってんのに
 これじゃ誰も耳貸さないよね」

その時丁度ガラガラッと久々に扉が開き
正月過ぎの寒風と共に1人の常連が入って来た

「へいらっしゃい!」
「寒いな、降りそうだよ雪」
「予報じゃ降るって言ってますわ」

眼鏡を曇らせた男はコートを脱ぎながら
店のカウンターの奥で突っ伏してる男を見て

「なんだよ熊さんもう潰れてんのか?
 まだ4時だぜ?
 しょうがねぇなったく」

そう言いながら熊五郎から席をひとつ空けて
カウンターに座った

「さ、何にしやしょう」
「そうね、熱燗2合で
 何時から飲ったらこうなるのよ」
「へい、2時からで」
「熊のくせに弱わ過ぎだろ
 ペース考えなきゃさ」
「シラフの時は恐ろしく静かなんすがね熊さん」
「ハハハッ、昼行燈ってところか」
「いつも昼過ぎに来てこの時間で終わり
 熊にも寅にもならず仕舞いですわ」
「ハハ、大将上手いこと言うね
 まっ考え方によっちゃ経済的なのかね
 安く済んでいいよ」
「経済的、ですかね」
「それじゃ店的には困るか
 あと鳥串盛り合わせ」
「あいよ!」

この店
外界の様子は西向きの入り口だけで知る
店に面した6m道路の両脇には
比較的立派なビルが建ち並んでいるので
道路はきっと風の通り道になっている
その吹く風に何かが混ざっている
やはり今夜は雪になる様だ

暖簾が寒そうに揺れている
その横でようやく提灯が本領を発揮し始めていた
昼行燈のお役目は本日終了である