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エッセイ 書くほどのものではない

今日は、特筆すべきことはなかった。

昼から図書館に行くも、相変わらず研究に光が見えることなく、喫煙所でプルームテック(電子タバコ)をぷかぷか吹かしていると、オジサンがやってきて、ホンモノのタバコを吸い始めたので、キツい匂いに耐えられなかった私はステコラさっさと逃げるという醜態をさらしてしまった。

夜は湖のほとりに移動し、読書をした。近くにいた女子中学生の子たちの会話が聞こえるので、私はひたすら盗み聞きをしていた。

「私さ、テストでいい点取れたと思ったら、平均点がめっちゃ高くて、まじサイアク〜」
「それな〜」

その後、ケラケラと会話をする彼女らを尻目に私は「面白くないなぁ」と思いつつ、読者に集中した。

しかし、私はかつて、ある女子学生の会話を聞いて戦慄が走ったことがある。
あれは高校時代からの付き合いであり、今は哲学学徒である友人と一緒に行った昨年の花火大会のことである。

確か、見た目は幼く、よくて小学5、6年といったところだろうか。

3人で体育座りをしながら花火を見る彼女たちは会話を始めた。
開口一番、彼女Aが言う。
「〇〇ちゃんってさあ、どう思う?」
「微妙だよねぇ」と彼女Bがやつれた顔で返答。
最後に彼女Cがサクッととどめの一言を放つ。
「大したことなくない?」

その「大したことない」会話は我々2人にとっては、大したことあった。
私は友人に声をかけて言った。
「彼女ら何か怪しくないか」
「何者だありゃ。ヤバすぎるだろ」

私たちがしどろもどろしていると、彼女らは間髪入れず、日本全国を揺るがしかねない人生最大の議題「理想の男性像」について語り出してしまったのである。

「なんちゅうこっちゃ!」
我らにもはや花火を見る余裕はない。

一方、クラスの男子を次々と「査定」し始める彼女らはまさしくキングダムに出てくる秦軍総司令「晶文君」そのものであった。

最後に彼女らはこう結論付けた。
「やっぱり男性はお金だよね」

「なんちゅうこっちゃ!!」
我々の中で、花火とはまた違う、別の何か打ち上がった気がした。「恐ろし過ぎる」

そそくさとその場から退散するほかなかった。

あの会話は、婦人たちが日常的に繰り広げる家格競争そのものであった。

私はあの会話を聞いて痛感した。
「そうか、戦いは小学校の時から始まっていたのか」と。

「足が速いかどうか、クラスで目立つかどうか、大学はどこの出なのだろうか、就職は一流企業かどうか、会社の役職はどうだろうか、夫の車は何に乗っているだろうか、子供はどこに進学しただろうか、スポーツができるだろうか、足が速いかどうか、クラスで……」

そしてなんと言っても、家格競争における通奏低音には「お金があるかどうか」がある。

それを小学5、6年生がすでに理解しているという。大変恐ろしい世界である。

小生、邪推して曰く、
「子は親の影響を受ける」

昨年の花火大会での彼女らの会話、否、会議と比べたら、今日の会話は純度の高い微笑ましいものであったと思う。

「つまらないなぁ」と思いつつも、密かに「それでいい」と呟いて、私は原付で帰路へと向かった。


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