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イジメはもう、普通に起こり得るものとして考えた方が良いのではないでしょうか?


『確かに存在し、無くすることは極めて難しいにも関わらず、存在してはいけない』という考え方で、もっとも解決を遠ざけている社会問題が、“イジメ”だと私は考えています。


だって、学校で“イジメ”が起こったら、先生も教育委員会も隠そうとしますもん。


何で隠そうとすると思いますか?
答えは単純にして明快です。


“イジメ”は存在しちゃいけない悪だってみんなが思い込んじゃっているからです。


結果、“イジメ”が起こっただけで、その学校がダメだと多くの人が勝手に思い込む。
場合によってはマスコミが問題として取り上げる。



でもちょっと考えてみて下さい。

“イジメ”やそれに近い問題行為がまったくない生活を、年単位で体験したことがある人って、どれくらいいるんですか?


少なくとも私はそんな生活をしている人など知りません。

“イジメ”とは呼ばれなくても、“嫌がらせ”や“仲間外れ”、“相手にしない”など、こういった状況が存在しない日常なんて、本当に存在するのかどうかすら疑わしいくらいです。


マンガや小説、ドラマなんかのフィクションですら、こういった行為が無いものなんて存在しないんじゃないですか?



だったらもう、『“イジメ”は当たり前に存在する』って認識を改めた方が良くないですか?



現在の学校のイジメのように、

『あってはいけない』 → だから隠す。

のではなく、

『“イジメ”とはあって当然のもの』 → だからなるべく早く発見し、解決のための方法をみんなで模索する。


こういう時期に来ているのだと私は思います。


防災が減災になったように、
病気も早期発見が望ましいように、

イジメも早期発見を目指して、みんなで情報を共有するべきなんじゃないですか?



イジメはもう、無くするのは絶対に無理だと認めましょうよ?
そして早期発見、早期対応を目指しましょうよ?


学校だけ、担任だけ……みたいに、特定の誰かに責任を押し付けるのって、ある意味セカンドレイプ的な“イジメ”ですよ。


社会全体の病理として考えるべきなのに。


そんなにみなさんは、自分以外の誰かに責任を押し付けたいんですか?


そして“イジメ”に関わってしまった先生や保護者のみなさんも、原状回復・原状復帰にこだわるのを止めませんか?

もっと加害者と被害者を離す方法を考えたり、環境を変えるために転校のサポート、自宅学習の充実化など、様々な面から解決方法を模索したって、別に良いじゃないですか?



まあ、具体的な解決方法はともかくとして、私はね、
『あるのに認めない』ことが、
『狭い範囲だけで何とかしようとする』ことが、
“イジメ”を取り返しのつかない状態にまで成長させてしまう、一番の間違った対処法であると考えています。


『あってはいけないもの』なんて周りが強要するのは良くないですよ。

学校が『あることを認めたら、周りから責められる』と思い込まなくても済む社会にしていきましょうよ。

そうすれば学校側も“イジメ”を隠さなくなりますよ。



以上です。


前回も似たようなことを書きましたけれど、『確かに存在し、無くすることは極めて難しいにも関わらず、存在してはいけない』なんていう、都合の悪い概念を全否定する考え方は、極めて危険なのです。






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