【短編小説】灼熱の風が吹くこの星で ③
【SCENE 3】
水の民が地の民を殺そうとするのは、あまりにも当たり前のことだから、例外なんてないと思っていた。
それなのに僕がちょっとした気まぐれから連れ帰った水の民の少女は、僕を殺そうとしてこない。
これは世界の常識そのものを覆す異変と言っても過言ではない。
歴史上、少なくとも地の民がまとめた書物には、このような事例などまったく書かれていない。
噂でも聞いたことがない。
それなのに――。
まさか天敵である水の民の少女と、こうして落ち着いて話をすることになるだなんて、僕は想像したこともなかった。
水の民の少女は怪我をしている。
起きていては体の負担になると思い、彼女にはベッドに戻ってもらった。
「ねえ、さっきも言ってたけど、水の民の人達が、地の民を殺したくないって思ってるなんて、ホントなの?」
傍らの椅子に座り、訝しむように尋ねる。
「そうだよ。わたし達水の民のみんなは、本当は地の民を殺したくなんてないんだ」
「……ウソ……だよね?」
僕は真っ向からそう決め付けた。
水の民は地の民を殺す時、本当に楽しそうに笑っている。
そんな姿を何度も見ているのだ。
少女の台詞を信じることなんて、できるわけがない。でも、
「……信じてはもらえないかもしれないけど、ホントなんだよ。
わたし達はみんな、地の民のことが大好きなの。だから無性に姿が見たいって思う時があるの」
少女は焦点の定まっていない瞳で中空を眺めながら言った。
「地の民に会えば、殺そうとしちゃうこともわかってる。だから水の民はみんな必死に見るのを我慢しようとしてるの。
だけどどうしても我慢ができないの。
無理をすると頭の中がぐちゃぐちゃになって、おかしくなっちゃいそうになるの。
だから『絶対に殺さない!』って誓って、陰からコッソリ地の民の様子を覗き見してるんだよ」
「覗き見?」
「うん」
「どれくらいの頻度で?」
「しょっちゅうだよ。少なくても七日に一回くらいは」
「そうなの?!」
知らなかった。
おそらく地の民の誰もがこの事実は知らないはず。
「僕達って、そんなにキミ達から覗かれてたんだ……」
「地の民の人達を見てるとね、わたし達水の民は、何だか心が満たされるような気がするの。凄く気持ち良いんだよ」
そう話す少女は少しだけ笑顔を作り、しかしすぐに暗い表情に戻る。
「……だけどね、地の民に近付き過ぎちゃったり、知らない間に地の民が側にきてたりするとね、急に殺したい衝動が込み上げてくるの。
そしてわたし達は、それに逆らうことができない……」
「キミ達は、僕達のことを、殺したくないのに殺してるってこと?」
「うん。たぶん……。本当は良くわからないの。殺してる時にはもう、殺すことしか考えられなくなってるから。でも、殺したくないって思ってるのは本当なんだよ」
少女が僕を見つめてくる。とても綺麗で、宝石のような瞳だった。
「そう言えばキミってさ、名前はあるの?」
今更ながら僕は尋ねてみる。
「名前ならあるよ。わたしはミリスって言うの」
「ミリス? 僕達とあまり変わらない名前なんだね」
「そうなの? キミの名前は?」
「僕は、レルフ」
「レルフかぁ……。
ホント、似たような感じの名前だね」
お互いに苦笑し合う。
「ところでミリスはさ、水、飲まないの?」
ベッドの横に用意しておいた水に、ミリスがまったく手を付けていないので訊いてみた。
「ゴメン。わたし達って、水をそのまま飲むことはできないんだ」
「どういうこと?」
「わたしは医者じゃないから詳しいことはわからないんだけどね、水の民って吸収した液体が、ほとんどそのまま体内を流れてるみたいなの。
だから水分だけを補給したら、栄養不足で倒れちゃうんだ」
「じゃあ、水の民は普段、何を飲んでいるの?」
「水辺の窪みに生えてる、花の蜜かな」
「花? ここら辺には生えていないから、さすがに用意できないなぁ」
僕がちょっと困っていると、ミリスが微笑を浮かべながら言った。
「果物の果汁とか、それもなかったら、コロモイから搾り取った糖分を水に溶かしたりすることもあるかな」
「つまり糖分が含まれてれば良いってこと?」
「うん」
砂糖なら僕も持っている。
普段はあまり口にしないけれど、病気になった時の薬として使っているのだ。
僕は薬箱を取り出し、砂糖の入った器を開けた。
「どれくらい水に入れれば良いの?」
「薄過ぎても濃過ぎてもあまり良くないみたいなんだけど、わたしは濃い方が好きだったりするんだ」
「う~ん。良くわからないから、自分で入れてよ」
スプーンを添えて渡す。
こうして僕とミリスの共同生活が始まった。
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