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幸せの分母を増やすお店のナポリタン

ナポリタンを超えたナポリタン


ツイッターで流れてきたそのレシピと動画を見た時、「ほんまかなあ」と思った。子どもも大人も好きなナポリタン。息子が小さい頃から何度も作ってきた。「美味しい」と息子はいつも言ってくれたが、自分が本当に「美味しい」と言えるナポリタンではなかった。

大手レシピサイトのレシピを見て作ったり、ナポリタンが自慢のお店で食べ、真似をして作ってみたこともある。牛乳、赤ワイン、生トマトなど、ケチャップやバター以外のものも入れてきた。その度に、焼きナポリタンのようになったり、水分が多すぎたり、ケチャップの酸味が消えてトマトパスタのようになったりと、自分が「美味しい」と言えるナポリタンが作れなかった。

なので、このツイートをチラッと見て、「ほんまに美味しいんかなあ」と思ったのだ。

140文字にまとめられたレシピと、わかりやすい動画。これやったら、ふだんのお昼ごはんに作れる。早速やってみようと思った。

4月からオンライン授業でずっと家にいる息子と自分のお昼ごはん用に、パスタは常備していた。週2回の買い出しの日、数日分の食材とナポリタンの材料も買い、その日のお昼ごはんに、ツイート通り作ってみた。

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美味しかった。

生トマトや赤ワインを入れて作っていた今までのナポリタンは、なんやったん? 鳥羽シェフのナポリタンは簡単で材料も少なくて(これはすごく大事!)、美味しかった。

このナポリタン、美味い!

子どもの頃から何百回と私のナポリタンを食べてきた息子。だいたいナポリタンなら「美味い」というが、この日は

「今までのより」美味い

と言っていた。ケチャップのちょうどいい酸味と甘味。どこかで食べたことある味のような気がするが、でも今まで食べたナポリタンでいちばん美味しい。

コロナが落ち着いたら、お店にも食べに行ってみたいなあ。

まだ行ったことのないこのお店。その5ヶ月後、初めて行ってきた。ただし、私が食べたのは、そのお店で自分が作ったナポリタンだった。

9月22日秋分の日、午前10時半。年に2回ほどしか行かない丸の内にいた。「時間になったらお声かけますので、ちょっと外でお待ちくださいね」女性スタッフさんに言われ、5ヶ月前にいきたいと思った、あのお店の前で待っていた。

その日は、鳥羽シェフにナポリタンを教えてもらえる『オフライン料理教室』開催日。Sio鳥羽周作《料理楽しい研究所》という月1,000円のFacebookプライベートグループの研究員限定の料理教室だった。1回2名、30分で鳥羽シェフのレクチャーを聴いてo/sioの厨房で自分で作る。8回の教室はすぐに満席になった。運よく、1回目の回に参加できた。「丸の内のビル内とか絶対迷う」という自信があったので、Google マップでは自宅から60分で到着とあったが、90分前に家を出た。予想外に迷わなかったので、開始30分近く前にお店に着き、受付時間まで待っててくださいねと言われたのだ。

10分ほど経った頃、黒いTシャツのガタイのいい男性が、ズンズンと歩いてこられた。

あ、鳥羽シェフや。

こちらに気がつくと、「おはようございます」と挨拶してくださり、私もよろしくお願いしますと頭を下げた。

シェフが店に入った途端、ガスコンロのつまみを回して火力全開にしたかのように、店内のエネルギーがぐわっと動き出した。鳥羽シェフの大きな声が店内に響き、そこにスタッフさんたちの声とエネルギーも混ざり、店内は見えるところも見えないところも、大きくぐわんと動き出した

すごい。

ツイッターやnoteで、シェフの言葉をよく読んでいた。最近ではnoteフェスやテレビ、ラジオで声やお姿を見る機会が増えていた。すごい人やなあ、エネルギッシュな人やなあとは思っていたが、鳥羽シェフのエネルギーを肌で感じられた。これは、すごい特典だった。

「受付しますので入ってください」

15分前となり、入り口で受付を済ませ、小さな個室に通していただいた。エプロンをつけていたら、もう一人の方も到着。時間となって厨房に案内してもらった。ついについに、楽しみにしていた料理教室のスタートだ。

厨房は思ってたよりずっと狭く、大きなフライヤーの火が熱かった。シェフが口と手を動かしながら、さっとナポリタンを作った。使うパスタ、具材の切り方、火加減、フライパンに入れる順番、どのタイミングでケチャップを入れるか。ツイッターやnoteのレシピもわかりやすく何度も見ていたが、シェフの手元を見て説明を聴くと、もう一つ深く理解できた。味見させてもらったシェフのパスタは、自分が作ったナポリタンよりはるかに美味しかった。

いや、ほんと簡単だから。

何度も鳥羽シェフに言われたが、やっぱりここで作るのはドキドキするなあ。そう思いながら、大きなお鍋にパスタを入れて、ソーセージを切った。

これでいいかなと、私たちがちょっと不安に呟くとすぐに

「大丈夫。全然問題ない」

と返してくださった。具材を炒めて味付けして、パスタが茹で上がるまで数分。鳥羽シェフ、スタッフさん、私たちで少しだけ話ができた。

1人前だけ作るのと、家族分作るのはやっぱり違いますねとぽつりと言うと、「ご家族何人なんですか?」と聞かれた。

家族は3人ですが、作るのは4人分です。

「あ、息子さんいるんですか?」

はい。大学1年生の息子いるんです。

「そりゃー食べるわなあ」

ご自身のことを振り返られたのか、シェフもスタッフさんたちも同時にそう言われた。

ナポリタン、お弁当に入れても美味しいかなと言うと、「絶対美味いですよ」と即言われた。「俺のかあちゃん、昔、弁当に焼きそば詰めたことがあったんっすよ」とシェフが言われて「それ、私もやりました!」とちょっとテンション高めに言った。だが、鳥羽シェフはあの時の息子と同じく、全く嬉しくなかったそうだ。

パスタが茹で上がり、最後の仕上げをして完成。銀のお皿に盛り付けをした。盛り付け方も教えてもらったのに、シェフのようにはならなかった。

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サラダと唐揚げも付けていただき、豪華なランチセットになった。自分が作ったナポリタンを早速食べてみた。

美味しい。家で作ってきたのより美味しい。

「美味しい。でも、シェフが作ったナポリタンの方が美味しいなあ」

斜向かいに座る一緒に作っていた方も、同じことを言われていた。
何が違うんやろうなあ。でも、美味しいな。

パスタは100g。自分が作ってきた量と同じなのに、半分ほど食べてお腹いっぱいになる。から揚げも美味しく、サラダも美味しかった。

「どうですか?」と何度も話しかけてくださったスタッフさんは、この方だったと後から気がついた。

・レストランでランチ食べた時についてくるサラダは、時間が経つとサラダの器の底に水分とドレッシングが溜まること多いけど、それが全くないこと。

・出来立てから時間が経ち、少しずつ冷めていくにつれてナポリタンの味も変わり、でもずっと美味しいこと。

・から揚げも美味しいけど、お腹いっぱいでおかわりできなくて残念。

そんなことをついついたくさん喋ってしまった。

折田さんはそんな私のお喋りにも丁寧に付き合って、色々お話ししてくださった。その度に、


「食べる人が最後まで美味しく食べられるように」


ということを大事にされているのがよくわかった。食べる人、私たちを大事にしてもらっていると感じられて、嬉しかった。

時間がかかってご迷惑かと思いながらも、ゆっくりと全て綺麗にいただいた。料理教室がひと段落したタイミングで、シェフがテーブルに来てくださった。

シェフが作ってくれた方が美味しい。という私たちに、

何度も作るうちに、自分の味になってきますよ。あとは、ナポリタンの仕上がりを、完成を、しっかりイメージすることですね。

と言ってくださった。

完成とイメージが大事ということは、作る前にも話してくださっていたのに、作るのに集中しすぎて、イメージすることすっかり忘れていたと思い出した。

荷物をまとめてレジへ向かった。レジにはnoteでも見たこの方がおられた。

石田さんですか? noteで拝見しましたよ。

そういうと、まさにこの笑顔でありがとうございますと言われた。
「ナポリタン、どうでしたか?」と聞かれ、最後までしつこく

美味しかったけど、シェフが作った方が美味しかったです。

と答えた。そんな私に、きっぱりとこう言われた。

多分、ご自身が作られたものとシェフの味は変わらないと思います。
「シェフが作ったのはやっぱりすごい、違う」と思うとそう感じます。
「これはシェフが作ったのと同じ味だ!」と言い切ればきっとそうなります。

なんていい人なんだ。そして、なんて大人なんだ石田さん。
ありがとうございます、頑張りますとどっちが年長者だかわからん会話をしてお会計を済ませた。

せっかくなので、と、石田さんと写真を撮った。

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ちょっと若い感じで撮ちゃいましたね、と石田さんが言うので、

いやいや、十分若いでしょ! と言うと


いやー、こんな若いピチピチの子が入ってきましたから、もはや若くないっす。

と、写真を撮ってくれた女性スタッフさんを見ながら石田さんが言った。

石田さん、いいわ。好きだわ。

画面の中の私は「東京で頑張る娘の様子を見に来たおかん」だった。

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過去に何度か『シェフ』の料理教室に参加したことがある。鳥羽シェフと同じくミシュランの星をもつ料理人さんもいた。いろんなシェフが、料理人さんがいた。きっちりレシピ通りでないと再現できないというシェフ。出来上がりはとんでもなく美味しかったが、果たして家でひとりでこれを作るかと思いながら食べた料理。料理を食べながら、シェフやお店と自分の間に大きな隔たりを感じた。家庭料理とそれを作るひとを見下していることが、言葉の端々に見えるシェフもいた。それだけプライドと自信をお持ちなのだろうと思いながら、悲しかった。自分をつまらない小さいものとして扱われた気がした。そう思うと、シェフの料理まで味が鋭く尖っているように感じられた。お店ともシェフとも、ご縁を続けたいと思わなかった。

鳥羽シェフとスタッフさんは、そんな私の思い出を1時間できれいに上書きしてくれた。

自分で作ったのに、鳥羽シェフとスタッフさんのエネルギーまで込められたナポリタンは、私のお腹にずしんと入った。食べることは、その空間と、そこにいる人のエネルギーもいただくことなんだと、まさに肚でわかった。

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しあわせの分母を増やす

以前からメディアで、noteで、先日のnoteフェスで、シェフが何度も言われていた言葉。



o/sioへ行き、鳥羽シェフがナポリタンを作るのをそばで見て、教えてもらいながらそこで作り、食べ、スタッフさんと言葉を交わす。過ごした時間は2時間ほどだったけど、

幸せの分母を増やす

その言葉の意味が、ちょっとだけわかった気がした。

お店を出て、丸の内を歩いていたらふと思いついた。

そうだ。来年、夫の還暦誕生日に、シェフから習ったナポリタンを作ろう。銀のお皿、山盛りに。そして、答え合わせをしに、一緒にo/sioでナポリタンを食べよう。その時は、美味しいワインで乾杯もしよう。

それまでに、何回ナポリタンを作るかな。シェフに言われた通り、完成形をイメージして。そして、食べてくれる家族の笑顔を描いて、私はナポリタンを作ろう。

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美味しいはしあわせ「うまうまごはん研究家」わたなべますみです。毎日食べても食べ飽きないおばんざい、おかんのごはん、季節の野菜をつかったごはん、そしてスパイスを使ったカレーやインド料理を日々作りつつ、さらなるうまうまを目指しております。