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Mさんの話

東にある、ちょっと賑やかな学校で勤務していた頃の話です。

同僚にMさんと言う家庭科の先生がいました。
とても明るく、男女分け隔てなく接する方でした。
美術教師の私とは、仲が特に良いというわけではなかったのですが、同年代でもあったので、気軽に世間話をしたり些細な愚痴をこぼしあったりするくらいではありました。
むしろ、Mさんは私が苦手とする気の強い方々とも気さくに話ができたので、そういった同僚達と仲が良いように思いました。

Mさんが癌であったと知ったのは、彼女が病休を取るからと、職員全体に知らせた時でした。
彼女と仲が良かった方たちは、それ以前に相談も受けていたと聞きますので、やはり私はそれほど仲が良い相手ではなかったのでしょう。
でも、同じ学年を担当していたこともあり、彼女はわざわざ私のところへ来てくれて、
「戻ってくるから、その時はよろしくね。」
と、明るく言ってくれたのでした。

彼女が病休をとってから、半年経たなかったと思います。
職員全体に向けて、彼女が亡くなったことが伝えられました。
話を聞きながら目を赤く腫らす方もいて、彼女がみんなから愛されていたんだなと感じました。

通夜には、多くの職員が参列しました。
遺影は、好きだった色の鮮やかなピンクのパーカーを着て、大きく口を開けて明るく笑う彼女の顔でした。
その写真のせいか、より一層涙する方々が多かったように感じました。

それから一週間後、私は夢を見ました。
夢には、普段着ないような、黒袖のアディダスの花柄のジャージを着たMさんがいました。
私は、彼女と一緒に教室を行ったり来たりしながら、授業の準備をしていました。
一緒に取り組んだ過去の授業について話したり、互いに好きだった某テーマパークの話をしたりと、まるで普段の生活をしているかのような感覚がありました。
でも私は、夢の中でとても冷静に状況を見ていました。
そして、彼女に言ってしまいました。
「あーそっか。これ『お礼参り』だ。葬儀に出たから挨拶に来たんだね。ご丁寧にありがとう。」
悪気なく言ってしまったそれを、彼女がどう受け取ったのかは分かりません。
ただ、夢の中のMさんは、一瞬固まったような悲しい顔をした後、ガハハと彼女らしい豪快な笑い方をしました。
そして、
「どうしてそんなこと言っちゃうかなー。そういうもんは、気づいても口にしちゃいけないんだって!」
彼女は笑いながら、軽く私の二の腕を叩きました。
「もー、だいたい『挨拶まわり』だよー!」
そう明るく言った後、じゃあね、と手を振って、彼女は自分の教室の中へと去って行ってしまいました。
そこで目が覚めました。

彼女らしい別れの挨拶がなんだか嬉しくて、私は彼女と一番仲が良く見えた同僚にこの話をしました。
すると、その同僚からも不思議な話がありました。

同僚は、Mさんが亡くなった同時刻頃、強い寒気と共に、とても苦しく嫌な夢を見たそうです。
その時、「ああ、これはMさんが亡くなったんだ。寂しくて私のこと迎えに来たのかな。でも、ごめんね。一緒には行かないよ。連れて行かないで。」
夢の中でそんな風に、Mさんに伝えたんだそうです。そうしたら、その苦しさはスーッと去ったとのことでした。とても怖かったと話していました。

話を聞いて、悔しかったの覚えています。
Mさんは、多分、きちんと別れを伝えたかっただけなんじゃないか。
病気と戦ったけど勝てずに自分が死んでしまったことを、彼女と仲の良かった同僚に、きちんと伝えたかっただけではないか?と思いました。

やるせない思いを整理したくて、別の同僚にこの話をしました。
その方は、あまり霊の類を信じない方なんですが、私の話を否定せずに聞いてくれました。
「ガハガハ笑うあたりがMさんらしいですよ。多分、本当にお別れの挨拶がしたかっただけだと思います。そういう人でしたよね。」
私の話す、夢の中のMさんの様子が 、職場で見せていた彼女そっくりだったから、納得できたそうです 。
その方が「他にも何か伝えたいことがあったんじゃないですか?」と言ってくれて、私が思い出したのは『ジャージ』でした。

花柄のアディダスジャージは、Mさんのものではなく、何故か彼女と馬が合わなくて、彼女の行動にいちいち噛み付いてきた女性のものでした。
それをMさんがわざわざ着ていたのは、「私は怒ってないから、彼女にも伝えといてね。」ということかと思いました。
そのため、その女性にちょっと夢の話をしたところ、
「彼女に辛く当たることがあったけど、後悔してるんだ。たぶん、Mさんは私が嫌いだったよね。」
と言っていたので、
「嫌いだったら、わざわざ貴女のジャージを着ない。むしろ、貴女がそう言い始めるだろうと見越して、『気にしないで』って言ってくれてるんだと思う。」
と、Mさんが怒っていないことを伝えました。
その女性はちょっと涙ぐみながらも、ほっとした顔をしていました。

ここまで自分の亡くなった後、周りに気を使い、始末ができる方にお会いしたのは初めてでした。
私は今でも、彼女は本当に素敵な方であったと感じています。

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