見出し画像

地獄の話

私が見る明晰夢は、それが夢だと自覚できること、夢から目覚めること以外は全く自由にならないものです。
色褪せた世界にぽいっと放り込まれた感じで、不意に謎の和室から始まり、その襖を開けた瞬間から、この世のものではない存在たちに絡まれるのが常です。
大抵は、この世のものではない人々の身の上話を聞かされたり、大きな和風建築の屋敷の中で脱出ゲームに参加させられたりして、訳のわからないまま疲れ果てて目覚めるのです。

その夢でも、それは和室から始まりました。
襖を見た瞬間に腹を括る気持ちだった訳ですが、よくよく見れば、周囲には人がいます。
幽世に留まった幽霊かと思いましたが、どうも皆さん様子が違っていて、生気にみなぎっているというか、生々しいのです。

気づけば、私と周囲の人々は、皆スーツ姿をしていました。
リクルートスーツ、というよりは、イメージは映画「M.I.B」を彷彿とさせる姿でしょうか。
皆、何かしらの制服としてスーツを着ていました。靴は踵の低いビジネスシューズでした。
そして、きちんと意思を持って、「これから何やるんだろう」などと、話し合っているのです。
一瞬、集団面接会の待合室に思えてしまいました。

しばらく待つと、襖が開いてスーツ姿の女性が表れました。
女性は、どこか係員のように感じましたので、『試験官員』と呼ばせていただきます。
その彼女は、皆を連れて、白い壁の前に連れて行きます。
遥かに高い、体育館のような高さの天井の部屋でした。
試験官員は、何故か、ハエたたきを皆に配り、無言で顎をしゃくります。
見れば、壁の周りには、虫が飛んでいました。小動物がそれをついばんでいる様子が見えました。

彼女は腕組みをして仁王立ちになりながら、顎をしゃくった以外に指示を出さないので、周りは戸惑っていました。
私は埒が開かなくなって、ハエ叩きを持って飛び上がり、壁に張り付いていた虫を叩きました。
小気味の良い音がして、虫が潰れます。
夢だと走ったり飛び上がったりできないと思っていただけに、現実と変わりない動きができたことに私自身も驚きました。
すると、ハエ叩きを持っていた皆が、一斉に壁に向かって行きました。
パチンパチンパチン・・・・・と叩く音が合奏のようでした。

私は、叩きながら、「これは、たくさん叩いたものが勝ちとか、そういうことなのか」と考えながら取り組んでいたのです。
すると、私の近くに一匹のトカゲが表れました。トカゲは私が潰した虫を舐めとっていました。
余りに近くに来たので、それを見ると、その顔は人間のものでした。人間ではありましたが、水木しげるの小豆洗いの図のように、痩せて目が飛び出して爛々と輝いていました。否、顔だけでなく、体のフォルムも人間。人間の体がトカゲの比率で存在していたのです。
夢とはいえ、醜悪さに目が点になりますと、
『お前が殺さないと、俺が殺さなきゃなるだろう』
業を増やしたくないんだと、トカゲが言った気がします。
余りのことに驚いて、私は虫を叩くのをやめました。そして、叩いた虫の死骸をよく見てみます。
虫の顔も体も、よく見れば人間のそれでした。潰れていても、複数ある手足や肥大した尻は残っていました。
私が自分がしてしまったことに対して呆然としていると、トカゲは別の生き物に食べられてしまいました。

試験官員が号令をかけ、次の場所に移動することになりました。
起伏のある林の中を歩かされます。
林とは言え通路がありますので、歩くのは苦ではなかったのですが、かなりの距離を歩かされました。
林には、学生時代に理科の実験で使った、顕微鏡に置くガラスプレートが地面を雪のように覆っていて、踏むたびに霜柱のようにサクサクと音を立てました。
少し先を見れば、私たちが進む道とは別の、道と呼べないものを進む人たちがいました。
夏の寝巻きのような薄着で靴も履かずに歩くので、足が切れ血まみれになっています。
周囲の木々の枝葉は、割れたガラスの鋭さをしていたようで、衣服も赤くなっていました。

そうこうして連れてこられた先は、食堂のような場所でした。
テーブルの上には、豪華な料理が食べきれないほど大量に積み上げられて、お腹の空く、良い匂いが漂っていました。
夢でも匂いがするのかと興味深げに思っていたら、食べろと指示されました。
食べる人たちがそれぞれ、渋い顔をしているので、私も一口、肉料理を口にしましたが、全く味がしません。そして、食べた途端に急に腹が減った気になりました。
スーツ姿が皆、同じ思いをする中、囚人のような人々が連れてこられます。
皆、飢餓状態の写真で見るようは、骨と皮の姿で腹だけがぽっこりと出ています。
試験官員が指示を出すと、囚人たちが一斉にテーブルの上の料理に群がります。
ガツガツとむざぼるように食べる様子を見ていましたが、囚人たちは味のしない料理を丸呑みにして、許容量を超えると、吐き出すのです。
摂食障害のような状態になりながら、ずっと食べ続けるのその様子は哀れさすら感じました。

そんなふうに観察していると、また、試験官員が次の場所へと号令をかけるのでした。

次の場所は、劇場のようなホールでした。
ふかふかの、緑のビロード張りのソファーが置かれています。背もたれが高く、座面は2人がけくらいの広さでした。それが人数分設置されています。映画館のように、観客席が舞台に対して、緩やかな高低さをつけてあるので、見やすい配慮がされています。
私たちスーツ姿は1人一台に座り、おもちゃの拳銃を手渡されました。
金色のリボルバー拳銃です。でも、とても軽く、女性の手でも難なく持てます。
サバイバル・ゲームで持ったエアーガンよりも軽いおもちゃは、私のものにはピンクのリボンが結んでありました。

拳銃を受け取ってまもなく、ショーが始まりました。
全体的にビザール趣味というか、バーレスクダンサーのような衣装を纏った男女が、ファンタジックな色彩のライトを受けて踊ります。
その、見事な身体表現と音楽、そして照明や音響の息の合った、一部の乱れも感じさせない舞台は、「素晴らしい。」としか表現できないものでした。
私はただただ感心し、こんな夢なら悪くないと思いました。

終わった時、私は思わず立ち上がり、周りが悩んだ表情をしている中、迷わず惜しみない拍手をしてしまったくらい、感動の舞台でした。
幕が改めて上がったカーテン・コールでは、演技者が一同に舞台に並びました。
シンと静まり返った中、ダンサーのまだ整わない息遣いの音、上下する胸の動き、やり遂げた満足げな表情が感じられました。

そこで、甲高い音が鳴り響きました。
試験官員の女性が、スポーツで使うようなホイッスルを吹いたのです。
音を聞き、ダンサーたちは一斉に整列したうえで、手に素焼きの皿のような的をもち、隣の仲間を隠すように、重なるようにその的をかざしました。
腕を伸ばしたり、姿勢を屈めたりして、的は舞台いっぱいに広がります。
白い布が翻ったかのように、綺麗でした。

すると、周囲に座っていたスーツの人々は、一斉に立ち上がり、的を狙って拳銃を撃ちました。
乾いた破裂音がしました。
おもちゃだと思っていた拳銃から何かが発射され、的を割りました。
素焼きの皿のように軽い音が、パリンパリンと続きました。
白い的の向こうに体に穴を開けて血を流す演技者の姿が見えました。
拳銃から発射される音は、連続して続きます。
むせかえる様な鉄の匂い、硝煙の匂い、があたりに広がって行きました。
私がソファーで動けなくなっている間に、ほとんどの人が撃たれてしまいました。

撃たなかった私のそばに試験官員の彼女が来て「仕事です」と短く告げ、私に銃を構えさせました。
ただ、両手を揃えて銃を持つだけなのに、手が震えます。
夢とはいえ、人を殺めろというのです。
虫を殺すのとは訳が違うし、傍観もできないので、嫌だと伝えてその場を逃げようとしました。
これは夢なのですから、目を覚ましさえすれば、難なくこの場から逃げられるはずなのです。

しかし、普段と同じようにしても、目が覚めません。
そのうちに、私は係員らしき制服の人たちに捕らえられました。
試験官員がそばに来て、私を覗き込み、眉を顰めました。
そして、「これ、なんでこっちにいるの?」と言ったのです。
周りがざわつきました。

『ああ、やはり死後の話であったか。』
私は生きた霊体でしたから、係官たちに捕らえられた状態から簀巻きにされ、担いで運ばれ、川に投げ捨てられました。
川は濁流でしたので、私の体は水流に飲まれ、あちらこちらをぶつけ傷つきながら流れて行きます。
水面に顔を出すこともできないため、何度も水を飲みました。息苦しさは現実の様に感じ、本当に息ができないと思いました。
そして、本当に息ができずに、何度もガボガボと水を飲みながら、私は意識を失いました。
意識を失う前に、一瞬、これで夢が冷めると思いました。
どんなに酷かろうと、悪夢は悪夢なのです。

でも、次に気づいた時は、大量の水をガボガボと胃や気管や肺に入れ、苦しんでいる状態の水の中でした。
もう一度、水死するシーンから再現されているのです。
いわゆるループする夢か、と恐ろしく感じましたが、それでも夢だと、もう一度意識を無くしたのです。
ですが、そのまた次も、そしてそのまた次も、私は水の中で溺れながら目覚めました。
恐ろしいのは、回数を重ねるたびに、飲んだ水の分だけ腹が膨れていく感覚があるのです。
呼吸ができず、顔が異常に熱く感じるあの感覚を味わいながら気絶したのですから、私は溺れてしまったはずです。
でも、一向に目覚めない。終わりのない恐怖が襲ってきました。

その時思ったのは、このままでは家族を悲しませる、という思いでした。
こんな風に夢で死に続け目覚めずにいたら、家族は心配するでしょうし、万一心臓が止まっていたら、悲しみは大きいでしょうから。
そして、本気で、亡くなった祖母に叱られると感じていました。

もう一度、意識を失いかけた時です。
急に襟首の後ろを掴まれ、グイと上へ引き上げられました。
首にシャツが食い込み、別の形で呼吸が止まります。
そのまま力づくで水の中から引き上げられたかと思うと、軽々と砂利の上に投げ出されました。
地面に身を打ち付けられ、そのまま強く腹を踏まれたような感触を感じますと、ゲロゲロと、飲んだ水が口から溢れました。

全て吐き出し、ああ、命が繋がった、と思うまもなく、襟首を掴まれ、今度は真っ暗な空間に投げ捨てられました。
いや、真っ暗ではなく、緑の照明がついていました。
床は板張りの様に感じました。その上で右を床につけて横たわっていますと、なんだか、ひどく大きなため息が聞こえました。
私よりも大人な男性らしきヒトが、私の足元に仁王立ちになっているのを感じました。
その方は、私を叱りたいらしかったので、私は仕方なく身を起こします。

左をよく見れば、それは何かの儀式の祭壇の前でした。
棚になったところには白木の箱やら何やら飾ってあります。それを見ていると、今度は右側が妙に熱くなってきました。
右を見れば、炎が上がっています。周囲が暗くてわからなかったのですが、炎の向こうには紫の着物を着た僧侶が法華経ではない念仏を唱えながら、炎の中に何か焚べ、一心不乱に祈っています。

ずぶ濡れ状態で「直火は熱いなあ」と思ってしまったら、左側の祭壇の方から、熱風が叩きつけるように私に吹き付けられました。イメージとしては、大型のドライヤーでしょうか。
洗われて乾かされる犬のような状態で、体を熱風と炎で乾かされる間、私の真後ろに、恐ろしく大きな男性が立たれているのを感じました。かなりの怒りのオーラでしたから、怖くてそちらを見て確認することができません。

そんなこんなで、身が乾いたあたりで、祭壇を見れば、不動明王の色のような青紫の照明に変わっていました。
そして、後ろに立つ大きな男性から大きなため息と舌打ちの音が聞こえたところで目が覚めました。


目が覚めた時には、布団のくるまっていながらも、身体を強張らせて寒さに震えていました。
子供体温の私にしては珍しく35度台の体温をしていたので、体が冷えたことでの悪夢だったのかもしれないのですが、夢とはいえ、不思議な体験をさせていただきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?