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白衣観音さんの話

 私の実家には、木彫りの白衣観音像があります。
 元々、私が生まれるよりもずっと前に、私の祖父が旅先で購入してきたものです。

 祖父は旅が趣味でした。祖母が心臓に持病があり遠出ができない上、交通事故で足腰が不自由になってしまったため、祖父は一人旅に出ると、必ず祖母のためにお土産を買って帰って来たのでした。 
 たいていはこけし人形だったようです。
 祖父は、5人の子供に恵まれましたが、初子である一番上の男子(私にとって叔父に当たる)を幼くして亡くしていまして、その方を思ってのことだったかと思います。

 そんな祖父が、ある時、白衣観音の木造彫刻を買ってきました。高さ20数センチメートル程の仏像です。
 祖母は、それを亡くなった叔父の写真とともに、棚の上に飾っていました。
 その棚は引き戸の棚でしたので、引き出し型の物よりは茶道具などが入っていたため
ゆれにくかったんです。
 けれど、生活するうちにふとしたことで、棚上の白衣観音像は上から落ちて、左足がかけてしまいました。
 祖父と祖母はそのまま、仏像の足をもとの位置に沿えるように置いて、布で縛っておいたそうです。

 何日もたたないうちに、祖母が左足の指を骨折しました。家から出ない祖母とはいえ、かなりの難儀をしたそうです。
 そして、次に子どもたちが順に足の爪が剥がれたり、捻挫したり、骨折したりと怪我が続きました。全員、観音像と同じ左足の怪我でした。
 『流石にこれは、白衣観音様からの罰に違いない。』
 そう思った祖父は、仏師に修復依頼をしたそうです。
 しばらくして、白衣観音さんは、あとも分からないほどの見事な技で修復され、無事に家に戻ってきました。その後、足の怪我は続くことが無かったそうです。

 そんな曰く付きになってしまった像は、現在も実家に、幼い頃に亡くなったという叔父の遺影と共に飾ってあります。
 不思議に思うのは、他の仏像が箱から出して飾ってあるのに、白衣観音様だけは箱に入っていたことでしょうか。


 ある日の朝のことです。
 私は実家に行った際は、毎朝、仏壇と仏像にお茶出しをしているのですが、うっかり叔父へのお茶をこぼしてしまい、白衣観音像の箱の足元まで濡らしてしまいました。

 木箱にしみて観音像までカビてしまっては大変です。
 どれくらい水分が染みてしまったか確認するため、中の観音像を取り出すことになったのですが、よく見れば、かなり箱が異様でした。

 正面から見れば、観音像の顔も問題なく見れたため気づきませんでしたが、蓋をとった状態で観音像ごと立たされていた木箱には、ラップが何重にも巻かれています。
 さらに、ゴム紐でぐるりと巻いて、ラップが剥がれないようにしてありました。
「埃が入らないようにしては厳重だな。」
 そう思えました。

 箱を綺麗にするついでだからと、箱から出した際に、幼い頃から言い聞かされてきた観音像の足を確認しました。
 見事な修復技術で、どこが欠けていたか、全くわかりませんでした。

 清掃し終わって、もう一度、観音像を箱に戻そうとした時、不思議に思いました。
 観音像が箱に入りません。
 だって、箱の大きさと観音像の大きさが、同じだからです。

 箱が縮んでしまったのか。否、もしかしたら、元々小さな箱を、無理やし押し広げて観音像を入れていたのかも知れません。
 じゃあ、どうやって出したんだ?とも思いましたが、とにかく、箱と共に飾られていたものを私の一存で箱から出すわけにはいかず、少し斜めに入れる形で、なんとか箱に納めました。
 ラップについては、色々考えた結果、『埃除けにしては、観音像が息苦しそうに感じる』という思いから、空気が通るように透明な覆いをしておくようにしました。


 次の日の朝のこと。
 母が、500ml程度のステンレスタンブラーを机の上に置こうとして、何故か私の足に落としました。
 並々と注がれた水分の重さと高さが相まって、生爪が剥がれるほどの怪我になってしまいました。
 それは、やはり左足でした。

 
 祖母のしたラップやゴム紐は、もしかしたら『観音様に触れないように』という対策だったのでしょうか。
 白衣観音像は、今も実家の棚の上で、微笑んでいます。

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