礼節を重んじる方

瞼を閉じると、かなりの頻度で「誰か」が居る。
瞼の裏に張り付くように、しっかりとした形でそこに居る。
それが、心霊だのの類であると気付いたのは、本当に最近のこと。
試しにと思いかけた凸待ち後、瞼の裏でこちらを見て笑う人に気づいてからだ。

疲れた時ほど、憑かれやすい。
下手な駄洒落のような話だが、事実である。
繰り返しに見る狐の夢に疲れ果てていたら、瞼の裏の「誰か」は、人数を増やしてやってきた。
誰だか知らない相手なぞ、いちいち相手にしていられないが、一向に静寂が訪れないのは精神的に辛い。

瞼を閉じたり開いたりしながらそう思っていると、不意に遠くから白い点が表れた。

白い点はゆっくり確実に近づいてくる。
瞼の闇の向こうなのに、それだけはっきりと光っていた。
なんだ、と考える間に、たくさん押し寄せていた「誰か」達が視界の隅に追いやれれるようにして消えていった。
真っ暗な瞼裏の闇に、白い点は面の形になって浮かんだ。

翁面

すぐに分かった。
三角形の輪郭に線のような目。刻み込まれた皺が水紋のようだった。
翁面は、長い年月を越えたせいなのか黄色味を帯びていて、様々な人が面を手にしたからなのか、表面が磨かれ生きてるかのような照りが有った。

闇に能面が浮かぶその状況は怖い。
私は、すぐに目を開けた。部屋は常夜灯が灯っていた。
自身が寝ている状態でないことを確認してから、もう一度目を閉じる。
翁面はそこに浮かんでいる。
何度かパチパチと目を開けたり閉じたりを繰り返して、諦めた。

翁面が、「誰か」達より格上の存在なのが、ひしひしと伝わる。
ただ、それが良い相手なのか、悪い相手なのかは、私にはわからない。
それに、私は訳のわからない不思議な体験が他人より豊富なだけで、基本的に無力である。なるようにしかならない。

そう諦めつつも、悪あがきで身構えた。
すると、翁は面の形のまま、ゆっくりと前方に傾いた。
背伸びをしたら面の裏が見えそうなほど身を傾けた後、翁は顔を上げ、真正面に私を捉えた。
何をするわけでもない。ただそれだけだった。
どうして良いか分からず真似るように会釈を返したが、どうしても瞼裏のそれが信じられずにいた。

翁はそれ以上何もしなかった。
どうしようも無くなって、私は目を開けた。
常夜灯のぼんやりとした明るさの中で、「私じゃわかりませんよ。」と呟く。
もう一度、目を閉じると、翁は消えていた。


翁のおかげか知らないが、今日は鳳凰雲と龍雲と狐が空にいるのが見えた。
珍しいこともあるものだと思い、写真に収めて一日を終えた。

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