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【写真短編】ビフォアヌーン



お昼前にやっと光が差す部屋で目を覚ますと、外がやけにしんとしていることに気が付いた。
いつもの、子どもがはしゃぐ声、車の音、運送会社のお兄さんの挨拶は一切聞こえず、時折カラスやスズメの鳴き声が近付いては遠ざかるくらい。
テレビやSNSもうまく機能しない。

これはいったいどういうことだろう。
私以外の人間の気配が全く無い。
夢のようにしずか。


簡単な朝食を済ませた後、近所で一番人の集まる大きな美術館へ行くことにした。あそこなら誰か居るかもしれない。
服を選びメイクをしピアスを替え、レースアップの靴を履く。目的が人間の確認なのだから軽装で行けばいいのに、私は美術館に行くときは決まって見た目を整える。美術品達に失礼な気がするのと、あの静謐で美しい空間に少しでも馴染みたくなるので。


外に出てみると空はうすい水色が高く高く、小さな雲がのんびりと泳いでいて、さらにその上で太陽がシャラシャラと輝いていた。
うっとりするほど天気が良い。すこし前に観た、白夜の村の映画のよう。


向かう途中顔見知りの野良猫たちに挨拶し(とてものびのびしている)、受付まで来たもののやはり人は居らず、そのまま入らせてもらった。
ああ。
受付で物音ひとつしない時点で分かっていたものの、美術館にしては珍しく賑わうレストラン付きのロビーにも、人は一人も居なかった。

沢山のテーブルと椅子が、日差しに照らされて発光している。
ガラス張りのこの建物は、外と同じくらい日が入る。


あきらかに異質で不安になるはずの状況なのに、なぜかそう感じない自分がいる。敵意のない謐けさと光のせいだろうか。


広いロビーの壁際にスマートフォンを置いて好きな音楽を流してみる。オーケストラのような重低音を効かせたポップスが響いて、聴いたことのない曲みたいだ。

ステップを踏んで回ってみる。
誰も、いないので。
誰の目も気にしなくていいので。
楽しくてどんどん動きが激しくなり、こけてワンピースを汚したけれど全く気にならなかった。私がこれまで気にしていたのは汚れた服ではなくて、汚れた服を着ている自分への人の目だったのかもしれないと踊りながら思う。
このまま歌い出してもいい気持ち。


皆は、人は何処へいってしまったんだろう。
人攫いが私だけ忘れていってしまったんだろうか。それとも消えてしまったんだろうか。

独りぼっちになったようなのに、寂しいどころか多幸感でいっぱいになっている。
生まれて初めて奔放で健全でやわらかく、来るであろう終わりが待ち遠しい。

天気が良い。




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笹岡水樹に撮ってもらった写真で文章を書く戯れ、第一弾。(本人に許可は取ってます)
彼女の写真は物語性があって好きです。
ちなみに初めの1枚のみ別日の写真です。

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