#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 番外編 輪入道の心の傷 中編」

「おい狐、あいつにもう少し配慮してやれよ」
 と子河童は、ぼくの首をひっ捕まえながらそう言った。確かにもう少し気を遣うべきだったな。気になることがあると、つい夢中になってしまう。昔からのぼくの悪い癖だ。師匠(せんせい)にもその点に関してはよく注意されているのに、またやってしまった。
 そんなぼくの様子に子河童はため息をついて、ぼくの首根っこを離した。
「ったく、とにかく師匠(せんせい)を探すぞ」
 そう言って子河童はぼくを置いて、ずんずんと廊下を歩いて行く。ぼくは慌てて子河童の後を追いかけた。
 師匠(せんせい)の住処はとても広い。昔から師匠(せんせい)の元で学びに行っているぼくたちも、知らない場所がたくさんある。すぐに師匠(せんせい)のは至難の業だ。
 これは大変だぞと思いつつ、気合いを入れていこうと思ったとき、複数の声が聞こえてきた。一つは師匠(せんせい)の声だ。ほかの声は、おそらく里の大妖怪達だろう。なんだか、やりとりが刺々しい空気を感じる。その様子に子河童も気づいたのだろう。ぼくたちは視線を合わせてお互い頷くと、こっそりと様子を窺った。

〇  〇  〇

「天狗、おまえずいぶんと偉くなったものだな。青臭い考えを持った妖怪のくせに、長老達に気に入られているからと生意気な」
 私を頭上から見下ろしてくる妖怪『足長』は、大層機嫌が悪そうに文句を言ってきた。
「申し訳ございません。私もあなたの言うとおり、青臭い未熟な妖怪ですのでご容赦ください」
 私の言葉を聞いて、足長はその名の通り長い足を後ろに引く動作をする。蹴りたければ蹴ればいい、安い物だ。足長の様子を見て、周囲の妖怪達はざわめきだした。そのとき、
「待ちなさいって、足長の旦那。『せんせい』はきっと正しいことをしているのです。そうでしょう?」
 腹がふくよかな『古狸』は、小妖怪達に決して見せないような顔をして私に詰め寄った。
「もし何かあったら、『せんせい』、あなたが責任を取るのでしょう?」
 笑いながら、私から言質を取ろうとしてくる古狸。この手の妖怪が一番厄介なのだ、まだ足長のほうが対処しやすかったというのに。私が仕方ないと腹をくくって返答しようとしたときだった。
「待ちいな」
 凛とした声が私の言葉を遮る。妖怪『猫また』がいつの間にか部屋に入ってきた。
「足長の旦那も古狸も少しは落ち着きなって」
 そう言って、猫または私と古狸の間にするりと入って、おもむろに手紙を出した。
「長老達から、伝言を頼まれてね。急いで来たんだよ」
 猫またから長老達という言葉が出て、妖怪達の空気がガラッと変わった。
「今回の件は、儂から天狗に依頼したことだ。この件については、天狗に全て一任する。だとさ」
 と端的に用件を伝えた猫または、ふふっと笑いながら、
「旦那達……、まさか長老達の意見に逆らうのかい」
 と周囲の妖怪達に釘を刺した。こういう所が、猫または豪胆で私はいつも感嘆する。
「分かりました。わざわざ猫またに伝言を頼んだということは、今回の件、長老達は『せんせい』に任したと言うことでしょう。じゃあ、任せましたよ、『せんせい』、では」
 と古狸はあっさり了承し、ポンと煙に紛れ姿を消した。引き際の良さがよく、やっぱりくせ者だ。足長は大層悔しそうにしながら、大股に部屋を出て行った。ほかの妖怪達もしゃべりながら、部屋を後にする。部屋には、私と猫またのみ残った。猫または、
「師匠(せんせい)、これは一つ貸しだよ」
 そう言って妖艶に笑った。
「もちろん、今後お礼をいたしますよ。本当にありがとうございます」
 と私は猫またに頭を下げる。私の様子に猫または少し機嫌が悪そうに、
「簡単に頭を下げるのは、師匠(せんせい)の悪いところだよ。あんたはいろいろ面倒ごと引き受けすぎて、見ているこっちが心配になってくる」
 そう苦言を言った。そして、はあっとため息をつくと大きな声で、
「あと、そこでコソコソしている問題児たち、さっさと出ておいで」
 と部屋の中をこっそり様子を窺っていた狐と子河童に言った。まさか、様子見していることに気づかれているとは思っていなかったらしい。気まずい顔をしながら、狐と子河童は部屋に入ってきた。狐は心配そうな顔をしながら、私に近づいてくる。子河童も珍しく戸惑った顔をしていた。どうやら随分と心配をかけてしまったらしい。
「どうしたんだい、狐、子河童」
 と努めて平静を装って尋ねる。子河童が珍しく早口で、
「師匠(せんせい)に輪入道(わにゅうどう)が目が覚めたことを伝えようと思って、探してたんだ俺っち達」
 と私に言った。どうやら覗き見したことに対して、バツが悪く思っているのだろう。
「輪入道(わにゅうどう)は目が覚めたのか、良かった。ありがとう、狐、子河童」
 そう言うと、狐は安心したような顔をした。子河童はふいっと顔を背けたが。私たちのやりとりを見た猫またが微笑みながら、
「ふふっ。狐と子河童は、今度から私や師匠(せんせい)に気づかれないように覗き見するんだね。じゃあ、師匠(せんせい)たち私はこれで失礼するよ」
 そう言って、するりっと部屋を出て行った。なんとも居たたまれない空気を残していったのが、妖怪猫またらしい。狐と子河童がそわそわとしているので、
「じゃあ、輪入道(わにゅうどう)の様子を見に行きますか」
 といつもの調子で言った。

〇  〇  〇

「師匠(せんせい)、輪入道(わにゅうどう)ってどんな妖怪なんですか?」
 ぼくは師匠(せんせい)に輪入道(わにゅうどう)のことを尋ねてみる。師匠(せんせい)は、ふむと嘴に手をあて、
「部屋に行きがてら、お話ししましょうか」
 そう言って、輪入道(わにゅうどう)の伝承について話し始めた。
「妖怪輪入道(わにゅうどう)は、炎に包まれた牛車の車輪の軸部分に男性の顔が付いた姿ですね」
 と師匠(せんせい)が輪入道(わにゅうどう)の容姿を説明し始めた。
「伝承では町中を走りながら、輪入道(わにゅうどう)は自分の姿を見た者の魂を抜くと言われています。人間たちは、輪入道(わにゅうどう)のことを大層恐ろしく思ったのでしょう。とある人間が輪入道(わにゅうどう)に襲われないように、対処の方法を後世に残しています」
「どんな対処方法なんです?」
 ぼくは初めて会った妖怪の特徴が、気になって、気になって、師匠(せんせい)に聞いてみた。
「唯一『此所勝母の里』と書いた紙を呪符として家の戸に貼ると、輪入道(わにゅうどう)が近づくことができないと言われています」
 と昔人間が残した対処方法を告げる。ぼくはへえっと呟きながら、
「師匠(せんせい)、ありがとうございます。参考になりました」
 と礼儀よく言った。お礼は大事と師匠(せんせい)達がいつも言っているからだ。
「一体何が参考になったのですか、狐は輪入道(わにゅうどう)に襲われないだろうに。まったく狐、君は関心のあるものに出会ったら、興奮してしまう癖があるから、少し落ち着きなさい」
 と師匠(せんせい)が珍しく疲れたように言った。子河童は冷めた視線をぼくに向けながら、
「話が変わるけど、そんな恐ろしい妖怪に見えなかったぜ。なんというか……」
 子河童はそう言って、言葉をつぐんでしまった。ぼくは確かに、と思いながら、
「輪入道(わにゅうどう)が言ってた。自分は輪入道(わにゅうどう)の恥さらしだって。二度と里に立ち入るなって言われたって」
 そう言うとぼくもなんだか落ち込んできた。
「その割に、質問しまくってただろうに。まったく」
 と子河童が呟いた。子河童はたまにぼくに辛辣だ。
それにしても、あの輪入道(わにゅうどう)はどうやら訳ありらしい。いや、本来遙か西の地域にいる輪入道が、こんな所まで吹っ飛ばされている時点で相当な訳ありなんだ。
 このあと、輪入道(わにゅうどう)に会ったら一体どうやって接すればいいのだろう、と考えながらぼくたちは輪入道(わにゅうどう)が休んでいる部屋の前に着いた。


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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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