見出し画像

チョコレートランデブー(短編小説)


 勇気君、机に入れておいた手紙、気づいてくれたかな。今日の放課後、図書室の前の廊下で待っている私を、迎えにきてくれるかな。昨日は試行錯誤を重ねて、美味しいチョコレートを作ってきたの。不器用な私の気持ちを、勇気君は受け取ってくれるかな。

 
 勇気君、ロッカーに忍ばせておいた手紙、読んでくれたかな。今日の放課後、屋上前で緊張している私を、受け入れてくれるかな。昨日は夜遅くまで頑張って、美味しいチョコレートを作ってきたの。そんな私の恋の味を、勇気君は受け取ってくれるかな。


「おはよう、レイちゃん」
 私の後ろに席に座るユミちゃんは、サラサラヘアーを揺らしながら私に挨拶をする。
「あ、おはよう、ユミちゃん」
「今日も寒いねえ」
 ユミちゃんは両手で腕をさすりながら震えている。
「二月だからね。一番寒い時期だよね」
「早く温かい季節にならないかなあ。私、寒いのは苦手なんだよ」
 ユミは朝から机で勉強をする。来年は三年生だからと今から勉強をしているらしい。私はまだそこまでやる気が漲っていない。せっかくの高校生活なんだ。遊べるだけ遊んでいたいと思っている。それに、とびきりの恋をしたいとも思っている。
 二月十四日。今日はそんな夢を叶えるには絶好の日だった。


 レイちゃんはいつも勇気君のことを見ている。もしかして好きなのかなって、ソワソワした気持ちが私を揺れ動かす。もし、今日レイちゃんもチョコレートを持ってきているとしたら。それを渡す勢いで告白も考えていたら。
「ユミちゃん、ご飯食べないの?」
 レイちゃんは手作りの弁当をパクパクと食べている。
「うん、ちょっと食欲がなくて」
 私は買ってきたパンが喉に通ってくれないことを知っているから、鞄にしまってある。
「体調悪いの? 大丈夫?」
「ううん、体調は大丈夫だよ」
「そっか。なら良かった」
 レイちゃんはいつも私に対して優しい。だから、レイちゃんと争いなんてしたくない。
 だけど、これは避けては通れない運命なのだろう。
 勇気君は友人と楽しそうに談笑している。その様子を、レイちゃんは黙って見つめている。その眼は遠くにいる彼を捕まえたいと願っているようだった。


 放課後が来ることをどれだけ待ちわびただろうか。私はユミちゃんに「用事があるから」と言って、先に教室を出た。そして目的地である図書室の前の廊下で待機する。勇気君は私の手紙を読んでくれたかな。ちゃんとここへ来てくれるかな。私の想い、受け取ってくれるかな。

 
 レイちゃんは急いで帰ってしまった。何か用事でもあるのだろうか。それとも、やはり告白するために動いているのだろうか。
 いけない。迷っていたら勇気君に迷惑をかけてしまう。
 私はチョコレートが入った鞄を持って、屋上前の踊り場でじっと待つ。勇気君は私の手紙に気がついてくれたかな。私の目の前に現れてくれるかな。私の想い、受け取ってくれるかな。


「お待たせ。何の用かな?」
 勇気君は私の目の前に現れてくれた。ドキドキする想いを隠しきれなくて、全身が燃えるように熱くなっておかしくなってしまいそうだ。
「どうしたの、顔赤いけど大丈夫?」
「え、うん。大丈夫」
 落ち着け、私。これは一回きりのチャンスかもしれないんだ。勇気を持って、告白するんだ。
「あの、突然なんだけど、私の気持ちを受け取ってほしいの」
 私は自分が作ったチョコレートを勇気君に渡す。そして勢いに身を任せて、告白する。
「ずっと勇気君のことが好きです。付き合ってください!」
 捻りのない、率直な想いを勇気君にぶつける。勇気君は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて口元を緩めて「ありがとう」と言ってくれた。
「実は僕もずっと気になっていたんだ。でも、この名前とは裏腹に僕には告白する勇気がなくて。だから驚いたよ。まさか両想いだったなんて」
 勇気君と両思い。その真実を胸に焼き付ける。嬉しくて、感情的になって言葉が詰まる。
「今日は二人がカップルになった記念日だ。帰りに公園に寄ってもいいかな。君の前でこのチョコレートを食べたいから」
「ありがとう」
 感極まって涙ぐむ私の手を、勇気君はギュッと握ってくれる。薄ら暗いこの場所の中で、私は勇気君の幸せが詰まった温もりを感じる。

 
 勇気君が来ることはなかった。もう、家へ帰ってしまったに違いない。勇気君は私の気持ちには振り向いてくれなかったのだ。
 帰ろう。
 私が廊下を歩いていると、少し前に手を繋いで歩いているカップルを見つけた。二人が目を合わせて笑い合っている。
 心臓を撃ち抜かれた気分だった。よりによって、どうして。
 私は思わずその場から走って逃げる。遠くへ、遠くへと逃避行する。
 人気のない廊下で勇気君と幸せそうに話していたのは、間違いなくユミだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?