見出し画像

人生を燃やす(夏のまにまに)



 表現者になりたかった僕は、自分で映画を撮影することにした。
 映画とは言っても、たった一人。おままごとの延長でしかない。自分のスマホで1日を撮影する。それだけだ。
 朝起きて、顔を洗って、トーストを食べて、歯を磨く。電車で仕事場へ行って、ひたすらパソコンと睨めっこして、再び電車に乗って家へ帰る。夕飯は夜遅くまでやっているスーパーへ行って、半額になった惣菜とビールを買う。家へ帰ってきてスーツを脱ぎ、テーブルで食事をする。風呂に入って、YouTubeの動画を見て、布団に入る。おしまい。
 あまりにもつまらなく、華がなくて、まるで薄過ぎるスープみたいな人生。
 スマホの中には、途切れ途切れだが、僕の1日が詰まっている。少し再生するけど、やはり価値がない。
 僕はこの先もずっとこんな人生を歩まなければならないのか。趣味もなく、彼女もいない。家族とも絶縁状態。仕事だけが生きている理由。なんとも、残念でしかない。
 そんなとき、スマホで見たネットニュースで、ひとつ面白いものがあった。ひとによっては、それはあまりにも幼稚だと思うかもしれないが、僕はとにかく華がない人生を終わらせたかった。
 僕はライブ配信ができるアプリを入れて、自分を映しながら話し続けた。話し続けながら、僕はタバコとライターをポケットにしまって、渋谷のスクランブル交差点を目指した。
 歩いているときも、電車に乗っているときも、僕はひたすら話した。人目も気にせず自分語りをしていると、なんだか心地がよかった。
 やがて渋谷に着いた僕は、駅の改札を抜けてスクランブル交差点へと向かった。
「さて、今日は人生を焼こうと思っています!」
 僕が見たニュースは、アメリカで「自分の人生を燃やす」と言って、自らに火をつけた男の話だった。そのとき彼は生配信をしていたらしく、多くの人が彼の最期を見届けたという。
 表現者になりたい。僕の夢がこれにて叶う。
「では、行きます」
 僕は高揚していた。だから、信号が赤だとは気づかなかった。
 横断歩道に飛び出た僕は、トラックに轢かれそうになった。怒号が飛ぶ。唖然とする僕。やってくる警察官。嬉しそうな野次馬たち。
「あれ?」
 表現者になりたかった。どんな形でもいいから、目立ちたかった。鳴り響くクラクション。嘲笑うコメント欄。渋谷の夜は賑やかで、みんなが僕を祝福してくれた気がした。
「まあ、いいか」
 数秒後、僕は警察に連行された。なんの罪かは、よくわからないが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?