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蒼いユニフォームを纏って 2




 それは桜が散って路肩にかき集められた頃。四年生になったばかりの僕がいた教室に、突如転校生が入ってきた。

「彼はモーゼス君です。皆さん、仲良くしましょうね」

 しかし彼のその見た目に、幼き僕は大層驚いてしまった。自分よりも十センチ以上大きな身長を持ち、手足もひょろりと長い。それに、肌の色が違う。世間知らずだった僕はただただ恐怖を感じ、最初は抵抗感すらあった。そして何より驚いたのは、彼が僕と同じアパートに引っ越してきたことだった。

「モーゼス君は、お父さんがナイジェリアってアフリカにある国の人で、お母さんが日本人なの」

 お母さんは丁寧に説明してくれたが、当時の僕はナイジェリアを知らず、ハーフという言葉も聞き馴染みがなかったから、説明を聞いてもちんぷんかんぷんだった。

 次の日からモーゼスと僕は同じ登校班で学校へ行くようになった。しかし最初の二週間ほどは、どうしても声もかけられなかった。

 ただ、僕は登校する度に彼の足元を見ていた。彼がいつも履いている真っ赤なシューズは、地味な僕の靴と比べても随分と派手なデザインだったからだ。それが気になった僕は、ある日思い切ってモーゼスに話しかけた。

「あの、モーゼス君」

 しかし、話しかけた後で僕はとある疑問を抱いた。モーゼス君は日本語を話すことができるのだろうか。僕らと同じような姿ではなかったから、もしかして話せないのではないだろうか。ただ、モーゼスはそんな僕の偏見を吹き飛ばすように、

「どうしたの?」

 と日本語で返事をした。

「あ、あのさ。その靴、カッコいい靴だね」

 すると、モーゼスは僕に微笑んで嬉しそうに話し始めた。

「これかい? これは父さんのお下がりなんだ。カッコいいでしょう?」

「うん。すごくカッコいいね。」

「ありがとう。僕もすごく気に入っているんだ」

 そんなわずかな会話から、僕らは毎日些細なことで話すようになった。登校班も一緒でクラスも一緒。おまけに同じアパートに住んでいる。接点が多かった僕らは、やがて家族ぐるみで付き合うようになり、気がつけば一緒に遊ぶ仲になっていた。

 そんな僕らがこよなく愛していたのがサッカーだった。

「まさか、モーゼス君がサッカーが好きだったとは知らなかった。そうだ、放課後になると校庭でみんなでサッカーをやるんだけど、モーゼス君も一緒にやろうよ!」

 僕が誘うと、モーゼスは目を輝かせて「誘ってくれるの?」と言った。

「もちろんだよ」

「ありがとう。僕もやりたかったけど、なかなか自分から仲間に入る勇気がなかったんだ」

 そして彼は、将来の夢を語り始めた。

「実は僕、将来は日本代表になりたんだ。あの蒼いユニフォームを纏って、ゴールを決めるのが夢なんだ」

「日本代表、カッコいいよね。僕もなりたいよ」

「じゃあカズ君。二人で頑張って目指そうよ」

「うん!」

 僕らはそんな素敵な約束を交わし、さらに友情が深まっていった。


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