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『学食』(2000字のドラマ応募小説)




「なあ、真澄。突然だけど、あそこにいる瑠璃さんが何を頼むか、予想しようぜ」
 昼休みの学食は、大都会の渋谷みたいに喧騒としている。その中で席に座り、安っぽい醤油ラーメンをズズっとすすりながら、宏樹が真澄に提案する。
「いいけど。それにしても、瑠璃さんが学食なんて珍しいね」
「それな。それでさ、予想が外れた方が告白するってことで、どうだ?」
 告白。その甘ったるい言葉を、真澄は唾にしてゆっくりと飲み込む。
「真澄、瑠璃さんのことが好きなんだろう?」
 同じクラスで同じ風紀委員である瑠璃さんことを、真澄は好きにならずにはいられなかった。だから素直に、コクリと頷いてしまう。
「それは、ずっと好きだけどさ。優しいし、可愛いし」
「それな。いや、まじでそれな」
 宏樹も何度もうなずいて、激しく同意する。
「それにしても、残酷な企画だよね。あんな可愛い瑠璃さんに、僕みたいな冴えない男が告るなんて。誰かに知られたら、絶対に噂になるよ」
 だけど宏樹は、真澄の憂いを笑って払い飛ばした。
「いいじゃねえか。高校時代なんて一度きりだし、青春を楽しもうぜ」
「それは、斬新な青春の楽しみ方だね」
 さてと。宏樹はそう言って、顎に手を当てて本気で考える素振りをする。
「じゃあ、俺はチャーハンにしようかな」
「チャーハン? 瑠璃さんが?」
 真澄は思い切り首を捻る。
「瑠璃さんは、そこまで脂っこいものを食べないと思うけどね」
「じゃあ、真澄は何を食べると思う?」
「僕はそうだな。胃に優しいうどんかな」
「うどんか。あり得そうだけど、瑠璃さんはあんな清楚な見た目をしていて、実は中華が好きだって、風の噂で聞いたことがある。だから俺はチャーハンで決まりだ」
 どんな風の噂だよ。真澄は心の中で突っ込んでしまった。
「よし、瑠璃さんが買うぞ」
 箸を止めて、瑠璃さんのトレーの上に何が乗せられるのか、真澄はドキドキしながら見守る。サッとまっすぐな髪がゆったりとなびき、振り返った美女が求めたのは、宏樹の予想通り、寸分の狂いもなくチャーハンだった。
「あれは、チャーハンだ。間違いなくチャーハンだぜ」
 宏樹が声を抑えながら、喜びを爆発させる。
「嘘だろう? そんな馬鹿な」 
 真澄は残りのワンピースが上手くハマらないような、引っかかるもどかしさを拭きれない。
「じゃあ、真澄が告白ってことで。今日の放課後にでも告白して、明日結果を教えてくれ」
「いや、急にそんなこと言われても」
 しかし、真澄の戸惑いも宏樹は全て受け流してしまう。
「約束だろう? ほら、契約を取り付けに行ってこいよ」
「契約って」
 真澄は頭を抱えながらも、仕方なく瑠璃さんがいる席まで緊張した身体を運ぶ。
「あの、すいません」
 真澄の声に、瑠璃さんは「あ、大野君」と反応する。
「あの、今日の放課後、四階の踊り場に来ていただけませんか?」
 不自然かなと心配になった真澄だったが、瑠璃さんは「うん、いいけど」と呆気なく了承した。
「あ、ありがとうございます。では」
 どうしよう。いや、なんて告白すればいいんだ? そもそも、なんでこんな目に遭っているんだ?
 突如敷かれたレールの上を走らざるを得ない真澄の心情は、不安と絶望で満たされていた。


 放課後。真澄は瑠璃さんを待たせてはいけないと、急いで踊り場へ駆けた。踊り場に着くと、すでに瑠璃さんが手を後ろに組んで待っていた。
「あ、ごめんなさい。待たせてしまって」
「大丈夫。えっと、何の用かな?」
「あ、その」
 真澄はあらゆるラブストーリーやラブソングから言葉を紡いで、告白する言葉を考えていた。だけど、最後に絞られた言葉は、何も足さず、何も加えないシンプルなものになった。
「あの、ずっと好きです。付き合ってくれませんか?」
 思わず、真澄は顔を熱くする。ああ、これで片想いは終わりを迎えた。グッバイ青春。グッバイ静かな高校生活。
「うん。いいよ」
 え?
「え?」
 分岐点に差し掛かった列車は、突然思わぬ方向へと身を運ぶ。真澄の頭の中は、何も書かれていないキャンパスノートのように真っ白になった。
「私も大野君のこと、好きだから」
 窓の外から吹く夏の風は、真澄の中に潜んでいた卑しさを吹き飛ばし、癒しを与えた。
 もしかして、これって付き合えるってこと?
「じゃあ大野君。恋の証ってことでこれあげる」
 そう言って、瑠璃さんがポケットから出したのは、学食の割引券だった。
「明日、一緒に食べよ」
 まるでドラマのような、ぶっ飛んだ展開。だけど、これが日常の一ページに刻み込まれていく。真澄は不自然なくらいに笑顔を作って、「うん」と大きくうなずいた。


「よし、チャーハン作戦は大成功だな。おめでとう、真澄」
 物陰に隠れていた宏樹は、友人の恋が実ったことを心から喜んだ。


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