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彼氏との会話 『ふうふう』


 僕はゲイです。自覚したのはかなり前(小学生だったはず)で、母さんに明かしたのも中学生の頃でした。

「母さん、僕ね、多分男が好きなんだよね」

 母さんは一瞬眉をひそめましたが、「そうなんだあ」くらいの返事で、特に変な扱いをしたりしませんでした。少しの間、僕に気を遣っているような様子はありましたが、一緒に男性アイドルを推すなど、だんだんと話が通じ合う仲になっていき、今では何の壁もなくオープンに話せる間柄になりました。

 父さんは早くに家を出たきり戻ってこないので話していませんが、昭和的な人だったから、話しても「何を抜かすんじゃ!」と言って僕をビンタすると思います。それ以外の親族には話しておらず、以前親戚が来たときに、

「結城は女と付き合ったりしているのか?」

 なんてゲスい質問をしてきたから、僕は「それができないんすよねえ、未だ童貞です」とごまかしました。親戚は、

「せっかく良い顔してるのにもったいないなあ」

 と本当に惜しそうな顔をしたのですが、僕からすれば童貞であることが正解です。それに、顔を褒めてもらっているので、素直に「ありがとうございます」と礼を言っておきました。

 僕は高校時代に一人目の彼氏を作りました。だけど年齢差が離れていたこともあって価値観が合わず、わずか半年で別れました。大学時代には一つ上の彼氏を作りましたが、こちらは浮気をされたから別れました。今は二つ年上で営業マンをやっている城島蓮と付き合っています。彼とは結構長く、付き合ってからもうすぐ二年が経とうとしています。

 僕は昔から優柔不断で、何事にも消極的で、おまけに話が上手くない人間ですが、蓮は真逆で、スパッと物事を決める力があり、何事にも積極的で、話を組み立てるのが上手な人でした。僕は蓮に甘えていればいいだけだから、かなり楽な気持ちで彼と付き合っていました。もちろん、付き合おうと言ったのも彼です。彼曰く、「自分に甘えてくれる結城が可愛いんだよ!」とのことでした。

「最近、この話で持ちきりだな」

 蓮とのデートの途中、喉が渇いたからと二人で入ったアンティークな喫茶店で珈琲を飲んでいるとき、彼が牧野エミについての話題を出してきました。

「そうだね。結構人気だったみたいだね」
「少なくとも、今の女性アイドルではトップクラスの人気だったらしい。俺の友人に、彼女が所属しているアイドルグループが好きな奴がいてさ、そいつも牧野エミを推していたんだよ。それでこの一件があったもんだから、もう怒り沸騰。やばいよ」
「でも、僕からすれば彼女も二十五歳なわけだし、恋愛してもいいんじゃないって思うけどね」

 僕はあくまでも第三者であり、あまり関心を持っていないような口調で話しました。

「俺もそう思うよ。二十五って、もう立派な大人だよな。たしかに、アイドルっていうものは夢を売る仕事だからさ。それを壊されたって怒る気持ちもわかるけど、それ以上に推しが幸せを掴んだってことを祝福するべきだろうって俺は思うけどな」
「僕らだから、そう思えるのかもね。当事者は、そこまで冷静にはいられないかもしれない」
「そうそう、いわば主観的になっちゃうからな。で、今回の炎上の問題点って意外と男側にもあるんだよ」
「そうなの?」
「ああ」

 それから彼は一口飲んで、再び話を始めました。

「羽場流星って、顔がめっちゃイケメンで、声もハスキーでめっちゃイケボなのよ。声優界のエースって言われるくらい人気もあった。ただ彼は、実はアイドルが好き、みたいなギャップがあったんだよ。それで一年くらい前かな、こいつと牧野エミが何かのアニメで共演したことがあって、そのプロモーション映像? みたいなものが流れたとき、お互いがニヤついていたって話題になったらしいんだよ。それで、お互いのファンがちょっとお怒りになったらしい。ああ、これは全部友人の話ね。そのときも大変だったよ、友人をなだめなきゃいけないからさ、居酒屋で唐揚げとかレモンサワーまで奢ったりして、今から考えれば意味不明だよな。絶対恋人にしたくないわ」

「そっか、そんなことがあったんだ。それで今回、実際に付き合っていたことがバレて大炎上したんだ」
「そうみたいだな。羽場流星は謝罪文を出して活動休止するらしい。アイドルと恋愛しただけで活動休止って、なんか世も末だよな」
「牧野エミはどうするんだろう? 彼女も活動休止なのかな」
「まあ、普通ならそうなるだろうな。どうでもいいけど、明日の夜に牧野エミが今回の一件についてインスタで生配信するらしい。って話を友人がしてきて、一緒に見てくれって誘われているんだよ。ひどい話だよ。だって、どうせその後には俺を慰めてくれって泣きながら言い出すわけだから」
「今度は日本酒くらい奢らないとダメかもね」
「たかがアイドルの恋愛で、俺の儚い給料を無駄にしたくないんだが」

 そして蓮はガッチリと僕の目を捉えて、「結城になら、いくらでも出してあげたいけど」と言いました。僕は思わずニヤけてしまい、なんだか恥ずかしい気持ちになりましたが、同時に荒ぶる高揚感を抑えることができませんでした。

「あーあ、男同士でも結婚できればいいのに。この国はダメだよなあ、そういうところ」
「そうだね。って、蓮はサラッとすごいこと言うよね」
「すごいことって?」

 天然なのかとぼけているのか、彼の顔を見てもよくわかりません。だから僕も「なんでもない」と言った後で、

「まあ、僕も蓮と夫婦になりたいよ」と今の気持ちを告げました。

「ふうふ。この場合、漢字で書くと夫を二回続けて書いて『夫夫』なのか?」
「そんな言葉ないけどね。それでいいと思うよ。僕ら、どっちも男だから」
「よし、俺たちが『夫夫』第一号ってことで。じゃあ記念にこれから温泉でも行くか。もちろん、宿付きで」
「いいよ」

 彼はいつだって僕を引っ張ってくれます。僕はただ、彼に身を委ねておけば幸せになれるのです。

 そういえば、牧野エミも僕のことを引っ張ってくれたらしいですが、今回はどっちだったのでしょうか。僕にはわかりませんが、もはやどうでもいいことです。

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