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ひとときの息抜き 3

「さて、織田勝さんの身体の人生が止まりました。織田さん、私の声が聞こえたら、目の前にある青いボタンを押してください」

 僕は言われた通り、青いボタンを無感覚で押す。

「ありがとうございます。特に障害もなく私の世界へ来ることができたようですね。それで、織田さんがこちらに来た理由はありますか? それとも、単なる休息ですか?」

 僕は本心をシンパシーでジョニーさんへと伝達していく。齟齬が生じないよう、丁寧にゆっくりと伝える。

「なるほど。つまりあなたは人生を永遠に休止したい。そう思っているわけですね?」

 僕の魂は小さくうなずく。

「だけど、自分の手で命を止める勇気はない。だからここへ相談しにきたわけですか。そうですか」

 ジョニーさんがなんとなく僕に近くに座っている感覚がある。ただ、僕にはジョニーさんの姿は見えない。

「それは残念ですね。この世界はあくまでも一時的な休息をするための場所です。永遠の休息は望まれていません。それはすなわち、人としての生命を断つことを意味しますからね」

 僕は何も言えないし、何も発さない。ジョニーさんは少しだけ息を吐いて、僕に言う。

「でも、織田さんの気持ちも分かります。あなたはおそらく、人として生きることに向いていなかったのでしょう。一回目にここへ来たときはパワハラで悩み、自死を望んでしまうまで精神状態がボロボロになっていました。だから猫の声なんて聞こえてしまうのでしょう。それほど、あなたは追い込まれていたのです。二回目はもう少しマシになっていましたが、やはり辛そうな顔をしていました。たしか、あのときは付き合っていた彼女に振られたんですよね?」

 僕の魂はまたうなずく。

「それで、三回目の今日は自分の人生を永遠に休止したい。私は正直、人を救う仕事をしていますから、業務上永遠に止めておくことは望んでいません」

 僕の魂は、結局自分で射止めなければ人生が終わらないことを知ってがっかりしてしまう。だけど、ジョニーさんを責めることはできず、途方に暮れる。

「だけど織田さん、一つだけ良い方法がありますよ。あまり推奨はしていませんが、自分の人生を永遠に止めつつ、魂を消さない方法があります」

 それは、どんな方法ですか? 僕の魂がジョニーさんに尋ねる。

「それは、あなたの身体とさようならをして、別の生命体に魂を移動させることです」

 別の生命体に魂を移動させる?

「そうです。あなたが生か死を彷徨っているときに、どうしてこの場所を知ることができたのか。先ほども言いましたが、それは猫の伝達のおかげです」
 僕は茶色い毛のマンチカンが、突然僕の脳内に話しかけてきたことを思い出す。

「つまり、あなたも猫になって、第二の生きる道を辿るのがよろしいのかと思います。生きるって、人として生きる以外の選択肢もありますからね。そういう生き方も素敵な生き方だと私は思いますよ」

 つまり、人生を終えて猫になって生きることができるのですか? 僕の魂は必死で尋ねる。

「ええ。ただ、それはあなたの身の回りのことを全て片付けてからの方がいいでしょう。織田勝として生きることを辞めることができると心から思えたときに、またここへいらしてください」

 パン。再びクラップ音が鳴ると、僕の魂は一瞬ブラックアウトする。

「織田さん、織田さん」

 呼び声がして、僕はゆっくりと目を開けてジョニーさんを見る。

「おはようございます。現在十四時二十分。無事に現実世界へ戻ってこれましたね」

 ぼんやりとした意識がだんだんと織田勝のものだと把握してきて、僕はゆっくりと上体を起こす。

「織田さん、今日のところは家でしっかりと休んでください。そして、先ほど言った話について、自分の中で決断したら、またここへいらしてください」


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