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アダルトな林檎(『文房具たちの共鳴』)




 それを食べると、あなたは大人になれる。お父さんが恋をした女性の唇みたいな、真っ赤な林檎。

 私は囓る。白い歯で、ちょっとずつ。ゆっくりと、何度も嚙る。べちゃべちゃになるまで咀嚼して、喉に流し込む。私だって真っ赤な口器が欲しいから。

 あの人は白乳を抱き、もがき苦しむこともなく快楽を手に入れた。

 誰を傷つけたとか、誰を悲しませたとか、そんなことはどうでもいいのでしょう。あの人は、ただただ欲望に忠実で、生きることに素直だっただけ。そんな彼に、私は憧憬の念を抱く。私には無い人間らしさを持っているから。

 大人って生き物は総じて穢い。顔にシワ、髪に白髪、心は真っ黒で、下半身は濡れている。

 だけど、それが青春の蕾を開花させた結果ならば、私は喰べたい。早く大人になりたいから。

 スーパーで売っている未熟な林檎。私はそれを一つ買って、冬空の下で独り嚙る。甘い。ただただ、甘いだけ。違う。これじゃない。私が食べたいのは、もっと苦くてクセがある、アダルトな林檎なのに。
 
 私はその辺にいたカラスにそれを上げて、お父さんを虜にした物を探しに行く。

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