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『ワンコイントゥモロー』 5



 園内にあるいそっぷ橋を渡り、不忍池でも眺めようと思ったとき、ふと『ある物』が地面で転がっているのを見つけた。俺はそれを拾い上げ、思わず声が出てしまった。

「おいおい、ピンク色の馬じゃねえか」

 おそらくストラップとして鞄にでもつけていたのだろうか。それが何かの拍子で取れて、この場所に落としてしまったのだろう。

それにしても本当に出会えるとは思っておらず、右手でピンク色の馬を握っていることを確信すると、ゾワっと全身鳥肌が立ってしまった。あの訝しいガチャポンは、本当に俺の明日を読み取っていたらしい。

 ただ、これを拾ったからといって、俺に何か起きるのだろうか。これを鞄につけておけば宝くじが当たるというなら喜んでつけるが、どこを見ても何の変哲もないぬいぐるみでしかない。

「どこかに届けるか」

 もしかすると、これを探している人がいるかもしれない。それに、落ちている物とはいえ貰うのはさすがに気が引ける。俺は近くにあった管理事務所に届けようとした。

「ない! ない!」

 すると、近くで女の子が泣き喚いている声が聞こえた。

「もう無くなっちゃったんだよ。帰ろう」

「やだ! やだ! お馬さん、いないのやだ!」

 お馬さん? もしかして……。

 俺は泣いている女の子に近づいて、声をかけてみた。

「すみません。もしかしてこれですか?」

 すると、女の子はピタリと泣き止んで、「それ!」と俺の手からピンク色の馬を奪い取った。

「すみません。見つけていただき、ありがとうございます」

「いえ」

 ふと、俺の視線がお母さんの方に向いたとき、相手も俺を見た。そして、二
人して一瞬時間が止まってしまった。

「あれ、正道くん?」

 間違いない。彼女は、俺と一緒にイチゴ味のアイスを食べて孤独を共有していた人。

「彩花だよな?」

「うん。久しぶりだよね。高校以来?」

「そうだな。十年ぶりってところか」

「怖いねえ。偶然って」

「たしかに」

 娘はぽかんと口を開けて、不思議そうに俺たちを見つめている。

「ああ。チカちゃん。この人は正道さんって言うの。わたしの同級生なのよ」

「まさみち?」

 しかし、娘さんはすぐにそっぽを向いて、ピンク色の馬を大事そうに撫でている。

「娘さん、多分困惑しちゃってるな」

「ごめんね。わたしに似て人見知りなのよ。それより、正道くんは一人?」

「まあ。ちょっと気晴らしに散歩しているんだ。彩花は、娘さんと遊びに来た感じ?」

「そう。今日は幼稚園休んで来たの。たまにはいいかなって思って。休日だと混んじゃうから」

 十年前よりもフランクになった印象がある。それに、顔は化粧されている。だが、根本的な部分は変わっていないのだろう。話すときに目線を逸らしがちなところや、手をもじもじさせるところは変わっていない。俺は懐かしい気分と同時に、根本的な部分が変わっていないことを嬉しく思ってしまった。

 ただ、本当はもっと話がしたかったが、これ以上娘さんの邪魔をするわけにはいかない。俺は別れを告げてこの場を去ろうとした。

「あの、正道くん」

「何?」

「あの、よかったら一緒にお昼食べない?」

 思いがけない誘いだった。思わず、心臓の鼓動が速まってしまう。

「うん、いいけど」

 断る理由はなかった。十年前の俺ならカッコつけて反対したかもしれないが、今の俺は傷心気味なのだ。過去の中で淡くとも綺麗な思い出として残っている彩花の誘いを突っぱねるほど、今の俺は尖っていない。

「ありがとう。まあ、ホットドック食べるだけなんだけどね」

「いいじゃん、ホットドック。俺は好きだよ」

「じゃあ、そうしましょう」

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