『ふくざつだなあ』 1 (小説)
『会いたいです』
最近、こんなのばっかり。どうせ私が女だからって、同じ趣味を通して繋がりたい、簡単に繋がれるんじゃね、とか思っちゃってるわけでしょう? 一言言わせてもらうけど、そんなわけないだろう馬鹿野郎。
私はアイドルグループである『龍神ガールズ』が好きなだけであって、龍神ガールズのファンは嫌い。シンプルにうるさいし、『龍神ガールズ』のことをまるで自分たちの私物みたいに扱うし。そんなだからドルオタが馬鹿にされるって、わかっていないところも嫌い。後、龍神ガールズを利用して女ファンに繋がろうとする精神も許せない。
『さくらたん推しなんですね! 俺もさくらたん好きです!」
突然来るダイレクトメール。だから何? って感じ。画面に向かって「知らねえよ」と思わず突っ込んじゃう。
『よかったら、さくらたんについて語り合いませんか?』
なんで見ず知らずのお前とさくらたんを語り合わなきゃいけないんだよ。さくらたんもお前に語られたくないよ、絶対に。
『ミレイさん、自撮り可愛いっすね!』
自撮りって、ただネイルの写真あげただけなんだけど。
『ミレイさん、顔とか絶対きれいですよね(ハートの絵文字×二)。スタイルも良さそう(よだれ)。会いたいなあ(ニコちゃんマーク)。会えませんか?』
どういうわけか、私に構ってくるアイドルオタクはみんな絵文字がうるさい。そこからして、気持ち悪さが滲み出ている。お風呂場の排水溝に溜まったヘドロを見ているようで、気分が悪くなる。
じゃあ、SNSなんて辞めればいいじゃん、と以前友人に言われたこともある。ただ、SNSを通じて会話している女性の龍神ガールズファンもいて、その辺りの線引きが難しい。SNSやってるやつ全員が悪いやつとは限らない。
それに、私が龍神ガールズのライブに行ったことをSNSに投稿すると、龍神ガールズのメンバーから『ありがとうございます!』と返信が来たりすることもある。そんな感謝の気持ちを読んだだけでこれからも生きようって思えるし、またライブに行きたいと未来に光が差す。その手の承認欲求は、一度手にしてしまうと中毒性があるから簡単には止められない。まあ、厄介。
つまり、なんと表現すればいいか、天国と地獄とでも表現するべきか。私利私欲を満たすために私と繋がろうとするキモオタと、純粋に友達になりたいと思える仲間や、メンバーからの感謝の言葉。その両端を記すテキストに、私は毎日悩まされたり踊らされたりする。
『あなたになら話せるかもしれません。だから、一度お会いしたいです』
だからこんなメッセージが届いたときも、私は首を傾げた。これはいつものパターンではないが、新手の繋がりたいオタクだろうか。それとも、誠実な心を持つ人なのか。しばらく無視していると、続いてメッセージが届いた。
『おそらく、あなたは落ち着いた女性だと思います』
たしかに、私は派手なタイプではない。SNSの投稿を見て判断したのだろうか。さらにメッセージは届く。
『おそらく、いや絶対に、あなたは僕より年上だと思います。そして、龍神ガールズに詳しい。だからこそ、あなたに相談したいです』
よく見ると、それらのメッセージはすべて敬語で、どこか距離を感じるような、だけど私にすがりたいような文章だった。他のオタクが発する色濃い欲が欠けているようにも見える。心の底から懇願しているようにも見える。判断が難しいタイプだった。
ただ、ここまで見ず知らずの私を頼ろうとしているわけだから、きっと何かワケアリなのかもしれない。
考えた末、私は返信した。
『そうですね。私はあなたよりずっと年上です。それで、相談したいこととはいったい何でしょうか?』
返信はすぐに届いた。
『龍神ガールズに所属しているさくらたん、つまり志賀咲さくらさんについてです。詳しい内容は、直接会ってお話ししたいです。僕は志賀咲さんの幼馴染みで、武田と申します』
志賀咲さくらは龍神ガールズの中でも中心人物で、いつでもセンターポジションで踊るなどトップクラスの人気があった。
彼女の幼馴染み。本当なら、たしかに会ってみたい。
でも、本当なの? 疑念を抱く私もいる。
ただ、この誠意。もし本物じゃないとしたら、彼は立派な詐欺師になれるかもしれない。
まあ、一回くらい騙されてもいいか。
『わかりました。今週の土曜日なら空いていますけど、どうですか?』
すぐに返信が来る。
『僕も学校が休みなので空いています』
志賀咲さくらが高校生だから、必然的に彼も高校生。私は質問する。
『志賀咲さんとはいつから知り合いなの?』
すぐに返信が来る。
『さくらとは小学校からの幼なじみです』
幼馴染みで、呼び捨て。相当な親密度なのかもしれない。もしかして、彼氏?
『ミレイさんは、東京が近いですか?』
そんな連絡が来たから、
『はい。東京に住んでいますよ。あきる野市って、東京でも西の方ですけど』
と返した。
『わかりました。では、渋谷のハチ公前とかどうですか? すみません、僕はあまり東京に詳しくないもので。遠いですか?』
『いや、私はいいですよ。時間は何時にしますか?』
『そうですね、十時ごろでも大丈夫ですか?』
『いいですよ』
『ありがとうございます。感謝します』
志賀咲さくらはたしか十七歳だから、彼も十七歳ということになる。二十五歳の私より八つも下。だけど、対応などは他のオタクたちよりも断然丁寧で、これが偽物だったら一本取られたなって気持ちになるだろうと思った。
『じゃあ土曜日の十時に、渋谷のハチ公前で待っていますね』
『突然の連絡にもかかわらずご協力いただき、ありがとうございます。では、おやすみなさい』
『おやすみなさい』
連絡を取り終えて、いったいどんな子なのか、私は想像してみた。多分『痩せ型で、白いシャツを着て、髪を短く切り揃えた青年』だろう。青春ドラマに出てくるような、若々しい青年。性格も真面目に違いない。これでチャラチャラした金髪ピアスが現れて、「ウイーす」なんて言われたら幻滅を通り越して笑っちゃうな、と一人で苦笑しつつ、就寝した。
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