王の印 (短編小説)



「見ろよカケル。俺もスタンプ押してもらったんだぜ」
 俺の友人であるテツヤが、左腕に押された王冠のスタンプを俺に見せてくる。
「なんだ、お前も押したのか」
「そりゃあ押すだろう。今、若い連中で押していない人いないって、めっちゃテレビで言ってたぜ」
「へえ、そうなんだ」
「躊躇しないで、カケルも押せばいいのに」
 しかし、俺は「俺はいいや」と断った。そんな得体の知れない、それにそれほどカッコよくもない印、俺にはまるで必要がない。
「カケルは変わり者だな」
 最近、腕に王冠のスタンプを押すことが流行っていることは知っていた。とあるSNS媒体のインフルエンサーから始まり、今では国もバックアップするほどの人気になったらしい。今や九割は押しているとかいないとか、そんな話さえ聞いたことがあった。
 テツヤを含めた友人たちや、なぜか俺の両親も押しているが、俺は頑なに断り続けた。テツヤの言うとおり、俺は変わり者なのかもしれない。あるいは捻くれ者と表してもいいだろうか。ただ、それ以前に俺は昔から流行に乗っかることが大嫌いだった。周りが右に倣えをするところ、俺はいつだって逆立ちをして左を向いていたものだ。そのせいで幾分か嫌われてきたが、この生き方が間違いだと思ったことはない。
「押さないと後悔すると思うんだけどなあ」
 テツヤは自分の左腕を見つめて、「かっけえなあ」と自惚れていた。


「ただいまから、『王の印』を押された者達を、我々の完全支配下に置きます。『王の印』はスタンプ型GPSであり……」
 ある日突然、俺の国のトップが頓珍漢な提案をしたせいで、今この国は大パニックになっている。もちろん、友人のテツヤも「意味わからねえよ!」と怒りをあらわにしている。
「今日政府に抗議するデモがあるから、今から新宿に行ってくるわ」
「ああ、気をつけろよ」
 テレビではいつも通り政府を叩き、コメンテーターが罵詈雑言を浴びせている。気持ちはわからなくはないが、今まで散々『王の印』を勧めたメディアが今更何を言うかと、僕は呆れ返って苦笑している。
「流されていいのは、そうめんだけだぜ」
 盛夏の正午。俺は流しそうめんを思い浮かべながらそうめんを食べつつ、ざわつくこの国をテレビ越しに見ながら、今日も一人穏やかな日常を過ごしている。


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