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描かれた夢の先で(2)

 ある日。それは日本中を焼き尽くすような太陽が、ようやく落ち着きを取り戻した頃だった。その日は土曜日で、僕はいつもと変わらず母がいる施設へ向かった。
 いつも通り受付を済ませてから母の元へ行こうとすると、エントランスの壁に何枚かの絵画が飾られていることに気がついた。どれも彩り豊かで、力強さこそなかったが、晩年に見せる人間の儚さを忠実に再現している作品ばかりだった。
「ああ、それはここの入居者の方が描いたんですよ。テーマは『夢』なんですが、みなさん上手でしょう?」
 僕がのめりこんで作品たちを眺めていたからか、平和を象ったふくよかなスタッフが僕の隣に来て教えてくれた。
「そうなんですね。たしかに色使いも綺麗で上手ですね」
 川上さん、村瀬さん、立花さん。そして、僕の母である遠藤まさこの絵も飾ってあった。僕はその絵に視線を移し、描かれたものを見る。
「これは……」
 そこに描かれていた絵は、燃えたぎる炎に包まれながらも、小さな少女を抱えて出てくる一人の男だった。その顔は、どこか見覚えのある顔のはずだったが、僕は思い出すことができなかった。それに僕の母が描いた絵は、夢とは遠くかけ離れた、まるで月が見えない夜のようなな寂しさが滲み出ていた。
「遠藤さん、その絵を描きながら、ずっと泣いていたんですよ。あなた、あなたってずっと言っていました。もしかすると、遠藤さんにとっての『夢』は、悲しい思い出だったのかもしれません。もっと違うテーマにすればよかったと申し訳なく思います」
 僕の隣にいたスタッフは、僕に向けて深々と頭を下げてきた。
「いや、そればかりはわからないことですから。仕方がないと思いますよ」
「そう言っていただけると、救われます」
 それから少しばかり沈黙の時間があったが、
「では、わたしはこれで失礼します」
 とスタッフは僕に小さく一礼して、事務室の方へ戻っていった。
「あなた、か」
 『夢』をテーマにした絵画。そこで母が描きたかった「あなた」の正体。それはおそらく、僕が小さい頃に天へ旅立ったと聞かされているあの人のことだろう。決して母が口に出すことがなかった、過去。
 僕は、もう少し深い真実が知りたかった。

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