エンドオブザデイ 3 (小説)



 グルグルと鳴門海峡みたいに渦巻きを生んでいくかと思えば、突然砂嵐が青空を覆って、この世界の限界を示したりする。誰かが落ちている空き缶を蹴飛ばして、川に落とす。消費された空き缶は汚い川のなかで現実を恨む。変えようがない、未来に心を傷める。

 僕は真っ黒なスーツに身を纏っている。目の前にはお焼香があり、煙は出るたび儚く消えていく。目線を上にあげると、遺影として写された唯ちゃんが笑っている。僕の知らない唯ちゃんが、僕の知らない笑顔で写真を撮られている。

『唯は一年前に亡くなりました。彼氏と二人で旅行へ行っている最中に、海難事故によって旅立ってしまったようです。彼もまた、唯を救おうとして亡くなりました。二人ともボランティア活動や自然保護活動、さらには平和運動など、様々な活動を通じて、人々に利他的な精神を与え続けていたそうです。それなのに、無念です』

 唯ちゃんは、僕の知らない結末を迎えていた。棺の中で安らかに眠っている唯ちゃんは、たしかに成し遂げた顔をしていて、穏やかな顔をしていた。

『唯は善人だったと思います。どうして、こんなに優しくて清らかな娘が死ぬ運命なのでしょうか。わたしには、未だに娘が死んだのか分かりません。ただ、一つ思うことがあります。それは、娘が恨まれることなく生命を終わることができたのは良かったのではないかと思うわけです。人を傷つけたり、傷めたり、妬んだりしない娘であったことは、父として誇りに思っています』

 無情に咲く、白い花。反対に、心体の全てが黒に染まる僕。

 涙が止まらなかった。生命を簡単に奪っていく自然。救われず、流れてしまう未来。もう、二度と見ることができない、唯ちゃんの笑顔。継がれていくことのない、愛。

 僕が描きたかった未来は、こんなものじゃなかった。僕が望んでいた待ち人は、こんな運命を辿るはずじゃなかったのに。

『弘次さん。わたしはあなたにお願いがあります。娘のことをずっと愛し続けてくれたあなたならば、唯の意志を引き継げるはずです。人一人の力なんて、僅かなものです。ですが、僅かな力でも唯が望んでいた世界を作り上げるために貢献していただけませんか? 唯が見ようとしていた世界を、一緒に想像していただけませんか? 父として、娘の希望を叶えてやってほしい。わたしのたった一つの願いを託してもよろしいですか?』

 僕は何のために生きてきて、何のために未来に期待を抱いていたのか。

 答えは一つしかない。僕は過去も現在も、そして未来永劫ずっと唯ちゃんのことが好きなのだ。彼女がどこかで微笑んでいることを祈って、今まで生きてきたのだ。

 だけど、唯ちゃんはもう未来には存在しない。僕の希望を灯していた明かりは、仏様の手で優しく包み込まれた。

 お父さんの依頼を受けることは、容易なことではない。僕は過去を生きていた人のために未来を紡ぐことを望まれている。その度に悲しくて魂が震えるに決まっている。曇天から雨が降るみたいに、泣いてしまうに決まっている。

 いっそ、記憶なんてまっさらにしてほしいと願ってしまう。

『それでも、過去は消えない。だからこそ、未来へと引き継いでいかなければならない。あなたが一番愛していた存在を、あなたの手で未来へと運んでいかなければならない』 

 その通りだ。僕は想像力に長けている人間なのだ。それに、脳味噌は立派に機能しているから、唯ちゃんを記憶から抹消することなど、できるはずがない。僕は死ぬまで、いや、たとえ身体が動かなくなっても、魂が唯ちゃんと繋がっているのなら、その先まで一緒に歩んでいくべきだ。

「分かりました」

 僕はお焼香をして、時が止まった唯ちゃんに手を合わせる。そして、今まで浮遊していた決意を固める。

「これからは、唯ちゃんと共に生きます」

『ありがとうございます。空の上で、娘も喜んでおります』

 僕は目を瞑り、深々と頭を下げる。胸の内から、黒色が無くなることを祈って。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?