喜ばしい出来事を、このメモ帳に書き留めよう。『転がる石』
二月一日、晴れ。夢都と散歩中、道路に転がった空き缶を拾ってゴミ箱に捨てた。近くにいたお爺ちゃんが「えらいねえ」と褒めてくれた。
二月三日、曇り。節分だったから、僕は鬼になって夢都から豆を投げられた。
二月四日、曇り。若者と若者が手を繋いでいた。
二月五日、曇り。僕が好きだったアイドルが結婚した。
二月六日、晴れ。友人の妻が子供を産んだ。名前は「蒼」。素敵だ。
二月七日、晴れ。あと一週間で世界が終わるから、仕事を辞めた。
二月八日、曇り。茨城の海へ行った。夢都は楽しそうだった。
二月九日、曇り。だんだんと近づいてくる月を見て、夢都は笑っていた。僕も綺麗だって思った。
二月十日。東京タワーに登った。僕が君と一緒に行った最後の場所。僕の大切な過去。
二月十一日。みんな泣いてる。みんな悲しんでいる。でも、夢都はアンパンマンを見て楽しそうだ。何のために生まれて、何をして喜ぶ。僕はずっとわからなかったけど、今はわかる気がする。
二月十二日。今年はバレンタインデーにチョコを貰うことはない。だから自分で買った。それを半分夢都にあげると、「美味しい」と言って喜んでくれた。
二月十三日。パンを焼きたい。でも、家でパンは焼けないから、ホットケーキにした。夢都と最後の食事。「美味しい」って言ってくれる夢都。そしておそらく、どこかで見ている君。これが、僕の人生。
いつの日からか、喜ばしい出来事をメモ帳に書き留める生活を始めた。もちろん毎日あるわけじゃない。ただ、どんなに些細なことでも喜びを記すことで、生きていることが楽しくなった。世界が終われば、このメモ帳も消える。だけど、記してきた過去は消えない。それだけで十分だ。
もし、奇跡が起こって二月十四日の喜ばしい出来事が記せるなら。僕は期待を込めて、メモ帳に「二月十四日」と記した。
二月十四日。
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