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誰が正解かなんて、わからないだろう? (短編小説)


 あるとき、あの男は言った。
「誰が正解かなんて、わからないだろ?」
 僕は同意した。
「そりゃそうだ」
 あの男は淡々と語った。
「俺は性悪説を唱える。平和なんて、今まであったか? 人間は醜いし愚かだ。それでも呼吸している限り、何かを消費する。そうだろう?」
「もちろん」
「人間はすぐに過去を忘れる。だから繰り返し罪を起こす。もういいだろうって思うけど、それでも罪を起こす。なぜか、欲を満たすためだ。身勝手だろう。でも、それが人間の正体だ」
 現にあの男はタバコを吸っていた。濁った色をする煙が空へと舞う。混ざりゆく雑念。
 あの男は話を続ける。
「ラブアンドピースなんて平和のうちしか言えねえ。本当に争い始めたら、それどことじゃないからな。ただ、周りが争いに加担することはしちゃいけねえな」
「そりゃそうだ」
「きったねえ生き物だけど、恥を晒してまで生きる意味はないって俺は思う。欲を満たしたいなら、こいつで我慢しな」
 ある男の手に握られているものはタバコだけではない。なぜか、缶に入ったコーンスープ。
「人間はすぐに苛立つ。複雑なようで実は恐ろしく単純な生き物なんだよ。でも、立つ感情を抑える方法がある」
「コーンスープ?」
「そうだ。いや、コーンスープじゃなくてもいい。温かい飲み物を飲んで、身体中から思い切り息を吐け。そしてめいいっぱい吸え。そしたら、どうでもよくなる」
 どうでもいい。そんなふうに割り切れたら、世界中の争いはピタリと止まるだろうか。そんな世界、あるなら見てみたい。
「慈善事業をするなら、募金よりもコーンスープを配ればいいね」
 僕が言うと、あの男は「違いない」と笑った。

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