エンドオブザデイ 4 (小説)
目が覚めると、空はすでに明るくなっていた。夜明けの到来は無事に訪れたようで、僕の手の感触が柔らかい布団に触れている。
グラスに水を入れて、へばりついた悲哀を流す。全部消化してくれと胃袋にお願いしてみる。たとえ、それが不可能であっても。
これから僕はどこへ進もうか。りんご飴を食べる少女が幸せそうに笑った映像が僕を突き動かすとして、僕にいったい何ができるだろうか。だけど、トイレに行っても、顔を洗っても、食パンを食べても、歯磨きをしても、漠然とした答えしか見つからない。
唯ちゃんは何をしたら喜んでくれるだろう。僕はベランダに出て、浮かばれない魂をかき集めたような灰色の曇天を見つめる。今日はたまたま休日で、家で映画でも見て感受性を高めようと思っていた。だけど、この研ぎ澄まされた気持ちがどうにも落ち着かなくて、どこかへ進みたくなる。
散歩でも行こうかな。
以前の話だったが、唯ちゃんが散歩が好きであることを知ったとき、僕は少しでも近づきたくて、意味もなく公園を徘徊したことがあった。距離なんて遠のいていくばかりなのに、あのときの僕は必死で唯ちゃんにしがみつこうとしていた。
苦々しい青春の味がする唾を飲み込んでから家を出ると、突拍子もなく冬風が吹いて顔を刺激する。ジンジンと耳が痛み、思わずジャンバーのポケットに手を突っ込む。引き返す考えが頭をよぎるけど、それではいつまで経っても五里霧中なままだと思って、とりあえず歩く。
答えが分からない旅ほど、苦悶さを抱えるものはない。唯ちゃんの意志を引き継ぐと約束したのはいいけど、いきなり環境保護や平和活動などできるはずもなかった。僕は過去に背負った強烈なコンプレックスがある。それを解放しない限り、僕は彼女のようにはなれない。
見慣れた川が、今日もなだらかに流れている。相変わらず色は濁っていて、泳いでいる鯉も窮屈そうだった。昔、死んだ金魚を近所の川に流したことがあったけど、今から思えばあれは気の毒な行為だったかもしれない。もっと綺麗な世界へ放り込んであげるべきだったかもしれない。
カラン。
上を向いて歩いていた僕の足元に、足音を掻き消す雑音が鳴った。見ると、そこには一つの缶が転がっている。きっと誰かが飲んでポイ捨てしたのだろう。全く、ゴミをゴミ箱へ捨てることもできない人間がいるから、唯ちゃんが悲しむのだろう。
僕は缶を拾って、自動販売機を探した。少し歩いたところにポツンと立っている自動販売機の横には、カエルみたいな顔をしたゴミ箱がある。僕はそこへポイと空き缶を捨てて、また元の道を歩く。
だんだんとアスファルトが照らされている気がして空を見ると、先ほどは見えるはずがなかった陽の光が、少しだけ顔を覗かせてこの世界を温めている。
『ありがとう、弘次君』
どこかから、そんな声が聞こえた気がする。唯ちゃんが笑いながら、僕に言ってくれた気がする。
空き缶は川を流れることなく、望み通り自分がいる世界へと魂を沈めていく。僕はどこで魂を終えるだろう。どんな未来が待ち構えているのだろう。もちろん、答えは誰も知らない。
ただ、僕の中にはいつだって唯ちゃんがいる。過去も現在も未来も、唯ちゃんと共に生きている。
少しずつでいいのかな。唯ちゃんが望む世界を作ることが、今の僕の生きがいになっていけば、それでいいのかな。
この空みたいに、微かに気持ちが晴れた。
「唯ちゃん、僕やってみるよ。いつかまた唯ちゃんがこの世で暮らすとき、もっと素敵な笑顔が見られるように」
僕は心の中でそう誓って、歩みを進める。
『応援しているよ、弘次君』
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