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没個性ピラミッド



 小学生たちが、運動会で組体操をする。先生は意のままにピラミッドを作らせようとしたけど、みんな「キツイ」と言って嫌がる。このままではピラミッドになる人材がいない。みんな多様性を利用して、自由にのびのびと成長しているせいで、わがままだ。
 それじゃあいけないと、先生はどうでもいい子を3人選んで、ハサミで彼らの個性を切り取った。彼らはロボットのように無機質になって、すんなり土台になった。
 さて次、真ん中は社会に揉まれても丈夫で傷つかず、無機質な人材が欲しい。先生はちょうどいい2人を連れてきて、カッターで彼らの個性を切り取った。彼らは言いなりになって、すんなりと土台の上に乗った。
 さて最後、一番上は目立たない方がいい。先生はクラスで一番地味な子を連れてきて、ほんの少しだけある個性を覆うようにビニールを被せて一番上に乗せた。
 はい、没個性ピラミッドの出来上がり。何も問題を起こさない、言うことを聞き、社会のために従順できる生き物たちによる作品です、と先生はしたり顔になる。大人たちは拍手。子供達にも拍手を強要する。喝采。校長先生はご満悦。はい、みんな幸せ。めでたしめでたし。

 
 大人になった土台Aは、あまりの趣味のなさに退屈で埋め尽くされ、窒息死した。大人になった土台Bは、夢見る少年をビルから突き落として、自らも死んだ。大人になった土台Cは、人の価値観を理解できない大人になってしまって、誰からも相手をされなくなった。そしていつの日か、この世を恨みながら自死を選んだ。
 真ん中の二人は、大人になっても二人でいた。片っぽになってしまうと死んでしまう呪いにでもかけられたように。だから社会にも馴染むわけなく、結局孤立してしまうのだった。
 一番上の目立たない少年は、ビニールをかぶったまま東京をふらつき、ぼうっと空を眺めては「空が遠い」と嘆く少年になっていた。彼に至っては身体すら成長しなかった。先生に支配されたまま、大人になることを許されなかった。
 しかし彼らを狂わせた先生は、一年ほど前に交通事故で死んだ。短命ではあったが、彼は教師として高い評価を得ることができ、翌年には教頭先生になる予定だった。仲間たちは彼の死を悼んだ。そして、花を手向けたり、線香を上げたりした。彼は素晴らしい先生だったと、涙を流す者も多かった。

 没個性ピラミッドたちは分散し、死んだ者もいれば生きてしまっている者もいる。ハサミやカッターを使って個性を切り取った先生は死んだが、彼の意志を引き継いだ先生たちがいる。彼らはもう、交わることがない。それでも同じ世界を生きてしまう残酷さを呪う悪魔なんて、実際のところこの世にはいない。この世はあまりにもあっさり時間が進んでいて、誰かは幸せであり、誰かは不幸であるだけだ。理不尽に塗れてしまったせいで薄汚れたカメラレンズで写真を撮れば、それは一目瞭然。

 だからこそ、ビニールをかぶった少年が母校に侵入して関係のない教師たちを殺し、彼らをピラミッド状に積み重ねて自分が頂点に立って「空が近い!」と叫んだ事件を知ったとき、奴の同級生だった俺は、誰かにとっての正解が誰かにとっての不正解になることを知った。そして悲劇は繰り返されてしまうことに気づいた。その日から、俺は毎朝祈りを捧げている。弱き者の愚行かもしれないが、俺だって死にたくない。

 ピラミッドの真ん中にいた二人は、未だこの世界を歩いている。二人ならなんだってできると理解した状態で。


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