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エソラ『ミスチルが聴こえる』




 歌を歌う少年が一人。何の歌かわからない。メロディも曖昧。だけど希望に満ち溢れた歌声で人々を魅了する。
 真の雨が降り続けている。シャワーみたいに粒がきめ細かく、全身を撫でるように濡らしてゆく。その中で、少年は希望を口ずさむ。歌詞はうる覚えなのか、時々鼻歌になる。それでも、少年は一生懸命歌っている。
 人生に息詰まった青年が一人。少年の歌を聞いて涙を流す。嗚呼、僕の人生はちっぽけなもので、少し道を変えたら開けた草原が出てきて、吹く風が錆を落としてくれる。そんな単純なことに気づかなかった自分が恥ずかしくて、可笑しくなった。
 戦争帰りの兵士が一人。少年の歌を聞いて自分を慰める。たくさんの血を流す人々を見てきて、争いは虚しいことだと気付かされた。そして自分も多くの人を傷つけ、人生を破壊してしまったことを懺悔する。生きていていいのか。それすらもわからない。だが、生きている少年の歌声を聞いてしまうと、死ぬことすら申し訳なく、生きているうちは平和のために行動することを決めた。
 散歩帰りの猫ちゃんが一匹。少年の歌声を聞いて愉快な気持ちになる。人間が荒らし続けたこの世界。正直生活するのは困難ばかりだが、少年がいる限りは希望を捨ててはならぬ。猫ちゃんは朗らかな気持ちで自分の寝床へ帰った。
 少年の歌はいつまでも響き続ける。そして聞いた人の心を癒していく。まるで絵空事みたいにハッピーで溢れる世界になるまで、少年は歌う。

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