フィクションに恋してる (短編小説)



『タケル君。私、あなたのことが好きなんです』

 彼女は僕にありったけの想いを告げる。ニコリと笑って、少し恥ずかしそうにしながら、僕を好きだと言ってくれる。

「ありがとう。嬉しいよ、その気持ち」

 僕は彼女の好意を受け取る。

『もしよろしかったら、この後デートしませんか。私、美味しいお店を知っているんですよ!』

 彼女は積極的に僕を誘ってくる。

「うん、いいよ」

『ありがとうございます!』

 彼女は僕を喫茶店へと案内し、コーヒーとサンドウィッチを注文する。

「美味しそうだね」

『ここのサンドウィッチ、めっちゃ美味しんですよ。タケル君もどうぞ』

「ありがとう」

 僕はコルクを開けたワインを飲む。彼女は終始笑顔を絶やさない。そして僕には足りない気遣いもよくできる、しっかりした子だった。

『タケル君、次はどこに行こうか』

「そうだな」

 僕はいくつかの選択肢から水族館を選ぶ。

『いいですね! 恋人同士になった記念に、水族館へ行きましょう。私、イルカのショーが見たいです』

 場面が切り替わり、僕とエリは水族館を堪能する。よちよち歩くペンギンや、ゆっくりと遊泳する魚たち、それにエリのお目当てだったイルカのショーを見る。

『迫力ありますね!』

 エリは大喜びのようで、やはり満面の笑みを僕に魅せてくる。

「かわいいよ、エリ」

 その後も、僕はエリと時間を忘れて遊べるだけ遊び、やがて夜になったようでエリが家に帰ると言った。

『また明日会おうね。タケル君、私ずっとタケル君のことが好きだから』

 最後に真剣な顔をしてそんなことを言われたら、僕の心が余計に苦しくなってしまうではないか。

『おやすみ』

 エリはどこかへ消えて、一度ローディングへと移る。

「もう、こんな時間か」

 壁にかけてある時計を見ると、もう朝が近づいていた。通りで外で鳥が朝の挨拶をしているわけだ。だんだんと活気付いていく街の音が、この部屋にも微かに聞こえる。

 いつだってエリは幸せに満ちていて、その笑顔に僕は癒され続けている。聖なる夜が明けても、きっと僕の想いが変わることはないだろう。

 もしこの世界とエリが住む世界が、同じ線で結ばれているとしたら、僕は迷うことなくエリのもとへ行って、「好き」と言ってあげたい。エリがそう言ってくれるように、僕だって想いを伝えたい。

 でも、届くことはないのだ。彼女はずっと画面越しの世界にいる。そして僕も、彼女にとって画面越しの世界にいる。だから一緒にサンドウィッチを食べることはできないし、隣でイルカのショーを見ることもできない。ワインで乾杯をすることも、同じベッドで朝を迎えることもできない。僕らは両想いなのに繋がることができない、儚い恋をしている。

「エリ、ごめんな」

 僕は曙光が差し込んでくる部屋で、一人孤独にワインを飲み続ける。

『タケル君、おはよう!』

 エリは、画面越しにいる僕に会いたいと願っているのだろうか。

「おはよう」

『よく寝た?』

 僕は苦笑する。夜中はずっとエリと遊んでいたから、一睡もしていませんよ、と言いたくなるが、選択肢にはそんな現実めいた言葉は存在しない。

「よく寝たよ」

『今日はどこへ遊びに行く?』

 エリは無邪気な笑顔で僕を誘惑し続ける。まぶたがだんだんと重くなっていく。もうそろそろ、限界かもしれない。

「僕は、その」

 エリは目を細めて僕を癒し続ける。だけど僕は、その気持ちに応えることができない。

 タケル君、どうしたの?

 遠くから声がする。可愛らしい、僕が好きな声が聞こえる。

 僕はここにいるよ。

 今、目の前にエリがいる。どうやら僕の想いが通じて、神様がエリと僕を会わせてくれたようだ。

 タケル君、どうしたの?

 エリ、聞いてほしい。僕はエリのことが好きなんだ。いつもエリのことばかり考えてしまって、この心臓が熱くてたまらないんだ。今まではこの想いが伝わることがなかった。だけど今ならきちんと伝えることができる。たとえ君がフィクションだとしても、僕は君を愛し続けるよ。

 タケル君、タケル君。

 ビリビリと音を立てて、僕の目の前にいるはずのエリが乱れていく。

 タ、ケル……。

 どうしてだよ。どうして僕とエリが結ばれる運命を邪魔するんだ。お互いがこんなに好きな気持ちを示しているのに。

 僕は奈落の底へ沈んでいき、真っ暗な空間を彷徨い続けた。エリは、エリはどこだ?

 
 目が覚めると、すでに昼下がりの時間を過ぎていた。どうやら僕は眠りについていたらしい。眩しいくらいの太陽の日差しが部屋を刺激するので、カーテンを閉めて遮断する。

 画面越しのエリはずっと幸せそうに笑っている。

『今日はどこへ遊びに行く?』

 僕は届かない想いを胸に潜めて、今日もエリが喜びそうな場所を選んで上げて、ボタンを押す。

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