エンドオブザデイ 1-1 (小説)



 可能性を見出せない未来なんて、川で無抵抗に浮かぶ空き缶と一緒だと思う。彼は流れて流れて、自分が望んでいない終わりを迎える。
 
 僕だってそうだ。きっと、もっと、ずっと善人でありたいと願って、あわよくばヒーローになって、人々を救いたかった。

 だけど今は単純な作業ばかりする仕事をして、無意識のまま一日が終わったりする。光など果てに消え先の見えない暗がりの未来。幼い頃にそんなものは求めていなかったのに。
 
 家に帰って、つまらないバラエティを消費して、カッコいい男の人とカワイイ女の人がキスをする瞬間に胸がドキッとして、お風呂場で立ち上がる湯気が儚い自分の人生であることを知って涙を流し、ベッドの上で明日に期待しながら眠りにつく。全く良くなる兆しなんて見えないのに。アイスの棒に『当たり』が書いてあるくらいの、小さな喜びを祈ってしまう。
 
 僕はこのまま、ぬいぐるみになりたいと願う。もてはやされたいのか、誰にも干渉されたくないのか。または人間には手に入れることができない自由を掴みたいのか。悪玉菌が運びる体内を浄化して、ふわふわのワタで構成されたいのか。
 
 答えはないけど、ぬいぐるみになりたい。癒しを与える存在。それで幸を恵むことができるのなら、上出来だと思う。
 
 全ての行為を終えて、今日という日が終わるタイミング。光とは正反対の闇のなかで、僕はゆっくりと目を瞑る。夢を抱いて決意を固めたいけど、放物線を描いて飛ぶ僕の気持ちは、浮遊したまま弾け飛んでしまう。そしてまた、リセットされてリスタートを繰り返す。

 進まない人生。でも、時は進むから歳を取っていき、身体だけが衰えていく。錆びて、腐って、滅んでいくだけの人生。やがて終わりを迎えるにふさわしい格好に朽ちていく。
 
 何で、こんな人生なんだろう。
 
 ふと、妄想に埋め尽くされた脳内で考えることがある。僕が描いていた人生は、なんだっけ? 
 
 たとえば、りんご飴を無邪気に食べている浴衣姿の女の子がいて、僕はその子に近づきたいと願うけど、臆病風に吹かれて傍観者になってしまう運命を背負っている。
 
 その子は中学生になって、スカートを風で揺らして校庭を眺める。その先に、砂利を踏み締める僕はいない。多分、僕はベンチで戦況を見つめているだけだろう。
 
 高校になったその子は僕が望まない形に進んでいく。成功の名を刻んだ道を歩くイケメンと付き合って、キスをする。僕の知らない街で、僕の知らない『その子』が生まれていく。
 
 僕はどうだろう。昔はジダンに憧れてサッカー選手を夢みたけど、現実の壁を越える力がなくて、茶道に心を惹かれて茶道部に入るけど、途中で飽きてしまい、自由を求めて部活を辞める。

 その後は高校生ながら放浪とした生活を送って、たまに横浜の海の底を覗いてみたりして、自分とは何か、一頻り考えたりする。だけど頭に浮かんでくるのは、この街にいるはずのないシーラカンスばかりで、結局大学進学といった無難な道しか残されていないことを知る。
 
 今までずっと、その子ことばかりを考えてきた僕だったけど、大学生になってしまうと離れ離れになる。もちろん、手を繋いだこともなければ、運命共同体なんて果ての果てにある願望のままだった。だけど、今までの僕はずっとその子を視界に入れていたから、その子がいない人生は急に色褪せてしまい、信号機すらモノクロに映るようになった。
 
 自分を救ってくれる女神がいたらと、僕は三百六十度あるこの世界を見渡してみた。だけど、人間とは罪深い生き物で、過去を忘れることができなかったりする。食パンにバターを塗ると、色が同化してバターの存在を感じさせない気分になるけど、食べてみると濃厚な香りが嗅覚を刺激して、パンの甘味に負けないくらいの塩味を感じる現象と同じだ。その子は、僕の脳内にべったりと塗られている。潔くさようならをしたいのに、僕の欲望が絶対に捨てようとしない。むしろ、今でもずっとその子を欲しがっている。
 
 多分、一度でもその子とキスができる人生だったら、この魂はもう少しだけ浮上していたことだろう。少なくとも、沈没していく心配はない。
 
 その子、いや、唯ちゃん。僕がずっと好きだった彼女に会いたいな。夢の中でもいいから。僕の目の前で笑ってくれないかな。

『弘次君だよね?』

「え?」

 僕は聞き覚えがある、一番好きな声が鼓膜を振動したから、心臓の鼓動が速まるのを抑えられなかった。


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